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バランスを考える ~感染拡大防止と責任ある旅行者の受入

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年8月31日

國學院大學 研究開発推進機構 新学部設置準備室 教授​ 梅川 智也 (第3131号 令和2年8月31日​)

観光学の特徴の一つは、国や地域の観光をどう振興していくか、といった政策レベルの領域から、自分や家族にとって旅とは、観光とは何かといった個人レベルの領域まで幅広いということだ。緊急事態宣言が発出されていた4~5月、特にゴールデンウィーク期間中の外出自粛時には、後者のことを考えた人々が少なくなかったのではないか。自粛規制が解かれ、気兼ねしつつも旅行ができる、そのこと自体に幸せを感じ、迎え入れた地域の側でも安堵や喜びを感じた方々もおられたことであろう。

しかしながら、その幸せや喜びも束の間、再び東京を中心に感染者が拡大、危機感が募る中での「Go Toトラベル」キャンペーンである。この導入時期を巡っては賛否が分かれた。これを経済政策としてみるか、観光政策としてみるかによって見解は異なるが、私はあくまで経済政策であると理解している。なぜなら、純粋に観光政策であるならば、黙っていても旅行需要が高まる夏休み期間中に費用を助成することは混雑を助長することにつながりかねず、むしろ需要が減少する、いわゆるオフ期に打つべき政策だからだ。しかも個人的な旅行に対する補助はいわば禁断の策ともいえ、度々発出する類いの政策ではない。今回のコロナは、そうした観光政策の基本原則を超え、この半年間で完全に疲弊してしまった地域の宿泊業、旅行業、交通業、飲食業など裾野の広い観光関連産業のための経済政策であり、個人消費の誘導・拡大政策である。経済政策としてみれば、直接的な事業者支援では効果は限定的であり、政府支出の数倍の効果が期待できる優れた政策ということもできる。

命題はいかに「感染拡大を防止しつつ、地域の経済を復興するか」のバランスの問題に尽きる。かつて、太平洋戦争中は貨物輸送が優先される中で「旅行ノ自粛徹底ヲ期スル」とされ、主要駅には旅行統制官が置かれた。当時のような旅行は「不要不急」と一律にレッテルを貼る悲劇を生まないためにも、「新しい生活様式」に対応した責任ある旅行者(リスポンシブル・ツーリズム)と受け入れる地域側、そして旅行者と地域を結ぶ交通機関や旅行業などの感染防止対策の徹底、その三方良しを追求することがニューノーマル時代の旅のあり方である。

すでに旅行者向けの「新しい旅のエチケット」が作られ、宿泊業や旅行業などの業界団体では各種感染防止ガイドラインが策定されている。そして地域の側でも佐渡の「クリーン認証」制度や城崎温泉の「感染症ガイドライン」などが進められており、こうした感染防止策を徹底し、安全・安心を確実なものとした地域こそが今後旅行者から選ばれていくのであろう。

観光は地域資源の保護と利用、経済的利益と社会的利益などいつもバランスの上で成立しなければならない。