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「特別定額給付金給付」はどういう事務か

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年7月6日

東京大学名誉教授 大森 彌(第3125号 令和2年7月6日)

住民基本台帳に登録されている住民一人に一律10万円を給付する施策が進行中である。当然のことながら、住民にとっての関心は1日も早く10万円が振り込まれることであろうし、マスコミも、どうして早くできないのかといわんばかりに給付率を報じている。特に遅れが目立つ大規模な都市自治体への風当たりが強い。世帯数が多く申請書の不備などで作業に手間取っているのが実態であって、この給付事務のために人員を増やし休日返上で懸命に行っている自治体の現場にしてみれば、一言ぐらい物を言いたい気分になるのではないか。

自治体のホームページでは、どこでも、この給付に関して、「令和2年4月20日、『新型コロナウイルス感染症緊急経済対策』が閣議決定され、感染拡大防止に留意しつつ、簡素な仕組みで迅速かつ的確に家計への支援を行うため、 特別定額給付金事業が実施されることになりました。」と報じた。そのための経費が国の補正予算案に盛り込まれていた(計上額:給付事業費 12兆7、344億14百万円、事務費 1、458億79百万円、計12兆8、802億93百万円)。閣議決定では、「生活の維持に必要な場合を除き、外出を自粛し、人と人との接触を最大限削減する必要がある。医療現場をはじめとして全国各地のあらゆる現場で取り組んでおられる方々への敬意と感謝の気持ちを持ち、人々が連帯して、一致団結し、見えざる敵との闘いという国難を克服しなければならない。」と、一律10万円を給付する理由(思い)を説明していた。

1995年から2001年にかけて推進された第1次地方分権改革の成果として、自治体が行う事務は、法定受託事務以外はすべて自治事務であり、自治体の事務処理に対する国の関与は法律又はこれに基づく政令で定めなければならないことになっている。

一律10万円給付の事務は法定受託事務ではない。また、法律又はこれに基づく政令で事務が定められ、そのために国が負担金を出すというものでもない。何か。法律又はこれに基づく政令の定めはないが、市町村が自主事業として行う自治事務に対して、国が事業費・事務費(人件費なし)を全額補助するというものである。

この事業遂行に関しては総務省から自治体宛てに「特別定額給付金(仮称)事業に係る留意事項について」という事務連絡と「事業費補助金交付要綱」が発出されている。「一律に、一人当たり10万円の給付を行うこと」は市区町村を事業主体として国が行う補助事業だとしている。したがって、市区町村が、住民(世帯主)からの給付の申請を受けて、給付金を給付した場合は、市区町村が支払った金額について、総務大臣が補助金を交付する。そこで、この補助金の交付を受けようとする市区町村は交付申請書を大臣に提出しなければならない。大臣は、審査の上、交付を決定する。事後的に会計検査院の検査が入りうる。この補助事業の実施責任は市区町村が負うのである。

国がある補助事業を企画・立案し、国の歳出予算に盛り込み、事業主体となる自治体から補助申請を出させることはしばしばある。申請するかどうかは自治体の意思決定による。しかし、一律10万円給付の補助事業に市区町村の取捨選択の余地があるだろうか。この現金給付は、政権与党内の事情もあって、事前に自治体側に相談なしに国が決めた国の施策である。しかも、国がこれを直接執行するのではなく、この給付は市区町村が実施する補助事業であると予め決めていたのである。金額の大きな事業費・事務費の全額補助だけに、もし市区町村が補助金申請を出さなければ、住民から指弾を受けるだろうし、さりとて、これに見合う現金給付を自前で行うことはできないし、めったにない全額補助をもらわない手はない、そう市区町村は考えるだろうというのが国の思惑だったのかもしれない。

このやり方には先例があった。一律の現金給付は、リーマン・ショック後の2009年に1人1万2、000円(若年者と高齢者は2万円)の「定額給付金」として実施されていた。この時の給付事務も自治事務の扱いにしながら、市区町村を「事務連絡」(技術的助言)と補助金要綱で縛っている。受給権を世帯主に限定していることの是非も問題になっているが、国が法定外の自治事務をつくり市区町村の責任で実施させるやり方自体の正当性も問われてしかるべきではないか。非常時の特例措置だということだけで済むであろうか。