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時代にふさわしい自然の価値の醸成 -長野県小海町のリ・デザイン・セラピー-

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年2月3日

早稲田大学名誉教授 宮口 侗廸 (第3108号 令和2年2月3日)

長野県の東部、いわゆる東信地方の、佐久平から千曲川をさかのぼったところに小海町がある。美しい高原の湖松原湖を持つ。最上流は高原レタスの栽培で有名な川上村であるが、この町にも高原野菜の専業農家が多い。山間なのに海のつく地名があるのは、9世紀に八ヶ岳の一部が噴火していくつもの堰止湖を作り、その時に相木川を堰き止めた小さな湖のあたりが、小海と呼ばれるようになったからだという。これらの湖はのちに崩壊して消失した。

この小海町で、豊かな自然の価値をさらに高める新しい取組が軌道に乗りつつある。今やわが国の大都市は、通勤のストレスに加えて企業の勤務内容の緻密化によって強度のストレス社会になり、メンタルヘルスが原因での休職・離職が増加していて、企業の大きな問題になりつつある。長野県ではすでに信濃町において、コンサルタントの「さとゆめ」の協力のもとに森林セラピー事業が展開しているが、小海町ではこれに学び、町の事業として、豊かな自然で大都市の人々を癒す「憩うまちこうみ事業」に挑戦することになった。

この事業は町がリ・デザイン・セラピー(自分の再設計)のプログラムを構築し、社員の健康管理を重視する首都圏の企業の社員に小海町で1~2泊を過ごしてもらおうというもので、総務省の地域おこし企業人交流プログラムによる「さとゆめ」からの派遣を受けて、地域の自然を活用するプログラムが練られた。東京で阿部長野県知事とC・W・ニコル氏の参加を得てシンポジウムを開催、首都圏の企業に働きかけた結果、すでに5社の企業と協定が結ばれ、今年度中にさらに3社が加わることになっている。プログラムは、松原湖ウォークなどのリラックスメニュー、ヨガを中心とした瞑想メニュー、焚火やアートのコミュニケーションメニュー、地域の食材を生かした食メニューなどからなり、今年度は300名近くが来町した。すでに12名の町民がセラピストとして活動し、18名を養成中とのことである。まさに自然・人・食が融合して地域資源として新たな価値を発揮し始めたといってよい。

参加企業からは、遊休農地のブドウ栽培、小学校でのAI教育、湖畔の建物でのテレワークなど、地域の活性化のためのアイディアの提供もあり、ここからは農山村の持つ本来の価値と都市の力の組み合わせによる新しい展開が見えてくる。時代にふさわしい価値の創造への挑戦を喜び、しっかりと見守りたい。