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バックキャスティングへの疑問

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年6月17日

明治大学教授 小田切 徳美(第3083号・令和元年6月17日

「バックキャスティング」(以下、BC)が注目されている。

「現状からの予想」ではなく、「未来の目標からの逆算」で考えるというBCは、それが生まれた環境分野以外にも広がりをみせている。

この手法では、将来の目標設定(ビジョニング)を関係者一同で行うことが重視されている。そこに当事者意識が生まれ、目標に向かって動き出すエネルギーとなるからである。逆算して作成した道筋は、「みんなの手作りロードマップ」でもある。その点で、地域づくりの「現場」で特に有効なものであろう。

また、あえて現状から出発しないのは、排除できない制約を肯定しつつ、その中で展望性のある目標をセットするためである。だから、しばしばBCが描く未来は前向きである。「ワクワクドキドキ心豊かに生きる」ための手法とも言われている(石田秀輝・古川柳蔵著『バックキャスト思考』)。つまり、ここには「未来を前向きに捉える」という思想性があり、やはり、地域づくりとの親和性が高い。

ところが、このBCが、国の政策形成に取り入れられる時には注意が必要である。例えば、市町村の「圏域単位での行政のスタンダード化」などを提言して話題となった総務省「自治体戦略2040構想研究会」はBC手法を使い、「将来の危機とその危機を克服する姿を想定した上で、現時点から取り組むべき課題を整理する」としている。

しかし、国の研究会がビジョニングを行っても、地域の当事者意識が強まるものではない。むしろ、設定された目標から逆算することは、「政府が勝手に作った目標やロードマップになぜ付き合わなければいけないのか」という疑問が出てくる可能性がある。その点で、国の政策形成に利用する時には、丁寧な説明が必要である。そうでなければ、BCは政府指針の地域への押しつけの便法にすぎない。

また、政府によるBCでは、特に人口減少による危機や惨状を強調しがちであるが、これはむしろ「反BC的」である。BCを使うからには、人口減少を受け入れ、そこで「ワクワクドキドキ心豊かに生きる」ための道筋を示すことが必要である。もし、BCが人々に危機を煽り、それを梃子とする新しい制度導入の手段となるのであれば、本末転倒ではないだろうか。

現在、新たな地方自治制度を検討する第32次地方制度調査会でも、BCが議論されている。それが、今後、どのように使われていくのか注視したい。