明治大学教授 小田切 徳美
徳島県美波町はまちづくりのキャッチフレーズを「“にぎやかそ”にぎやかな過疎の町 美波町」と定め、2018年12月1日に「にぎやかな過疎宣言」を、次のように行った(写真)。
「高齢化率が45%を超す美波町では、今後も人口減少局面が続くことが予想されています。こうした厳しい現実にしっかりと向き合いながら、人口減少の進む過疎の町であっても、内外から人が集い、開業や起業が相次ぐにぎやかな町を、このキャッチフレーズとロゴのもと、関係者一丸となって目指すことを宣言いたします」(美波町・ニュースリリース)
この「にぎやかな過疎」とは、筆者が地域社会のあるべき姿として論じてきたキーワードでもある。それは、ここ数年、一部の農山漁村で、「過疎地域にもかかわらず、にぎやかだ」という矛盾した印象を受けたことに始まっている。人口データを見る限りは依然として過疎であり、自然減少が著しいために、人口減はむしろ加速化している。しかし、地域内では小さいながら、新たな動きが沢山起こり、なにかガヤガヤしている雰囲気が伝わってくる。それを、ある秀逸なテレビドキュメンタリー(テレビ金沢「にぎやかな過疎-限界集落と移住者たちの7年間-」、2013年放映)のタイトルを拝借して、「にぎやかな過疎」と称したのである。
そして、その代表格がこの徳島県美波町である。ここでは、移住促進のためのサポートが早くから行われていたが、そこにサテライトオフィスという形での仕事の持ち込み(筆者は「移業」と呼ぶ)が生まれ、それを支援する会社も設立された。そして、そのように移住した若者が祭りをはじめとする各種の地域活動に参加する姿も見られる。また、複数の飲食店の新規開業も生じている。同じような状況は、福島県三島町、愛知県東栄町、鳥取県智頭町、山口県阿武町、同県周防大島町などにもある。
これらの地域は、国内に点在する田園回帰の「ホットスポット」であると同時に、彼らがネットワークを作り、それ自体が動き出している地域である。移住頻発地域で見られる「人が人を呼ぶ」という関係がさらに活発化して、ある起業が別のしごとを生み出すような関係さえも発現している。まさに「にぎやかさ」を実感できる場となり始めている。
こうした状況は、やはり田園回帰傾向が後押ししている。そのため、まず地方移住に関する最近の調査結果を紹介しておきたい(総務省「『田園回帰』に関する調査研究会報告書」、2018年3月)。その調査研究では、国勢調査の個票を使い、過疎地域に居住するが5年前には都市部に住んでいた者を「移住者」と捉え、その数や地域分布、属性などを調べている。それによれば、5年前と比べて、移住者を増やした区域の数は、2000~2010年の108区域に対して、2010~2015年には3.7倍の397区域に増加している(「区域」は平成大合併前の2000年4月時点の旧市町村)。これは過疎地域に指定された全区域の26%に相当する。
資料の呈示は省略するが、移住者が増えた区域の割合が高いのは沖縄、中国、四国である。これらの地域では、従来から田園回帰傾向がレポートされていたが、データにもはっきりと現れている。このなかで、沖縄では離島部に移住者増加地区が多く、中国、四国では、特に山地の脊梁部である県境付近でこの傾向が見られる。また、それは他の地域でも確認される(例えば紀伊半島や中部地方)。
そして、町村に関連して興味深いことは、図にあるように、区域人口が小さい地域ほど移住者が増えた割合が高いことである。離島や県境という遠隔地に加えて、人口小規模地域でこのような現象が顕著なのである。
このように、統計データにも反映され始めた田園回帰であるが、最近では逆にいくつかの疑問も聞かれる。第1に、「そもそも農山漁村には、仕事などないから持続的な定住など無理だ」というものである。これは、意外にも、市町村の首長や地方議会議員などの地域に精通する者から、発せられるケースも少なくない。
しかし、実態を見れば、移住者、特に若者は、起業の他、「しごとを持ち込む」(サテライトオフィスによる対応、前述の「移業」)、「地域にあった古くからのしごとを新しい形で継ぐ」(継業化)、そして、例えばカフェ経営とデザイン事務所経営の組み合わせ等「いろいろなしごとを合わせる」(多業化)という対応をしている。つまり、若者は「起業」「移業」「継業」「多業」というかたちでしごとを作り始めている。先の美波町でも、この4つの「業」は動き始めていた。
もちろん、移住者がすべてそのような動きをするものではないが、こうした挑戦により、地域にしごとを創ろうとする人々が確かに存在している。そのため、地域づくりで著名な島根県海士町のように、「しごとがないから帰れない」のではなく、「しごとを創りに帰りたい」と思う人材の育成を、学校教育のひとつの目標とする地域も生まれている。
ここで、「しごと」とひらがなで表記しているが、それは、「仕事はない」という場合の「仕事」とは、多くの場合、発言者は、誘致企業の常勤職をイメージしているのに対して、現実には、それとは別物の地域資源を活かした新たな「しごと」づくりが行われているからである。それぞれのイメージがすれ違っている。そのため、「仕事」の誘致ばかりを考える首長などが「しごと」を過小評価し、それへの支援策が十分に行き届かないケースがあることにも注意すべきであろう。
第2に、「今後予想される急激な人口減少に対して、この程度の移住では焼け石に水だ」という批判がある。しかし、それは、移住者の質的側面を見逃している。移住者は地域に対して、何がしかの共感を持ち、それを選択して参入している場合が多い。そのため、移住者は単なる頭数を超えた力となる。例えば、そういった人々が持つ発信力は、SNSなどの手段により、従来みられないレベルとなり、その発信が、さらに移住者を呼び込むという好循環も生じている。また、移住者が、地域づくり活動に、いわゆる「よそ者」として参加して、新しい発想で貢献している例もある。美波町で見られた現象である。
そうであれば、人口減少が続く地域にとっては、人の頭数(人口)ではなく、このように地域への思いを持つ人材の確保や増大が課題とはいえないだろうか。人口減少は不可避であることから「人口減・人材増」が、特に農山漁村では将来目標にふさわしい。「にぎやかな過疎」のひとつの本質はここにある。
さらに、第3には、「地方部への移住候補者は既に枯渇しつつある」という否定的議論も聞かれる。それに対しては、最近しばしば話題となる「関係人口」という考え方がこの議論の対抗軸となる。それは、「農山村などに関心を持ち、何らかの関わりを持つ人々」(『ソトコト』編集長・指出一正氏)であり、定住(移住)人口と観光人口の中間にある人々と言われている。
その中で、あたかも階段のように、農村への関わりを深めるプロセスが見られる(「関わりの階段」と呼ぶ)。例えば、ちょっとしたきっかけで訪れた農山漁村に対して、①地域の特産品購入、②地域への寄付(ふるさと納税等)、③頻繁な訪問(リピーター)、④地域でのボランティア活動、⑤二地域居住、⑥移住という流れがある。
つまり、田園回帰はこの関係人口の厚みと拡がりの結果、生まれた現象であると理解できる。若者をはじめとする多彩な農山漁村への関わりが存在し、そのひとつの形として移住者が生まれている。したがって、今後、人々が多様な形で関係人口となる機会がさらに増えれば、移住者が枯渇することはないだろう。
しかし、関係人口論は、このような移住との関係を超えた新しい議論でもある。提唱者のひとりである指出氏が、その著書(『ぼくらは地方で幸せを見つける』ポプラ社、2016年)のなかで紹介している関係人口の諸事例は、この「関わりの階段」を登り、最終的には移住するということに必ずしもこだわっていない人々がほとんどである。階段の同じ段に踏みとどまり、移住は考えない人々も立派な関係人口である。むしろ、移住だけでない、地域への多彩な関係が現代的特徴なのであろう。したがって、農山漁村の自治体や住民は、彼らに対して、「移住を考えていなければ相手にしない」ではなく、彼らを応援団と考え、つきあうことも求められている。
当然のことながら、「にぎやかな過疎」は移住者や関係人口だけでつくるものではない。やはり、中心となるべきは農山漁村の地元住民であり、彼らによる地域づくりの取組が中核に位置付けられる。
その場合、地元住民には、外部から来るこのような人々に対して、仲間や応援団として、積極的に捉える姿勢が重要である。「壁」を作らずに、グリーンツーリズムや地域運営組織の実践に彼らを巻き込むことが必要であろう。そうした地域リーダーは、移住者の若者から、「かっこよい大人」、「目指したい先輩」と表現されることもある(新潟県十日町市での声)。それは、「こんなところには仕事はない」と若者を追い返すこともなく、また「移住を考えていないなら相手にしない」と突き放すこともないからであろう。
つまり、「にぎやかな過疎」のステージに立つプレイヤーは、①外に開かれた地域づくりに取り組む地域住民、②地域で自ら「しごと」を作ろうとする移住者(その候補としての地域おこし協力隊)、③何か地域に関われないかと動く関係人口に加えて、④これらの動きをサポートするNPOや大学、そして⑤SDGs(持続可能な開発目標―国連が提唱する新しい社会の目標)の動きの中で社会貢献活動を再度活発化しはじめた企業もそれに加わる可能性がある。
こうした多彩なプレイヤーが交錯するのが「にぎやかな過疎」であり、その結果、人口減少は進むが、地域にはいつも新しい動きがあり、人が人を呼ぶ、しごとがしごとを創るという様相が美波町をはじめとするいくつかの地域で生まれているのである。
これらの地域では地域の元々の住民と移住者が気軽に話をできる交流の場所・拠点を、シェアハウス、カフェなどの形で作っているという共通点も見られる。このような人々の交流を、最近では「ごちゃまぜ」というキーワードでその重要性を表現されることもあるが(竹本鉄雄・雄谷良成『ソーシャルイノベーション-社会福祉法人佛子園が「ごちゃまぜ」で挑む地方創生!-』2018年、ダイヤモンド社)、そのように多彩な人々が、気兼ねなく訪れ、交流し、時には新しいアクションの出発点となる拠点の存在も注目される。「にぎやか」という印象はここから発信されていることが多い。
要するに「にぎやかな過疎」とは、地域内外の多様な主体が「人材」となり、人口減少社会にもかかわらず、内発的な発展を遂げるプロセスと目標を指している。このように考えると、それは農山漁村のみでなく、日本の社会全体が目指すべきものであろう。別の言葉で言えば、「地方創生」のあるべき姿に他ならない。
もちろん、こうしたことを実現するために、例えば、①若者を中心とした「しごと」の安定化、②「ごちゃまぜ」の「場」の整備、③それらを支える地方自治体の十分な財政の確保等の課題も少なくない。しかし、そうした課題を政策をはじめとするあらゆる力の糾合により乗り越え、「にぎやかな過疎」を追求することが求められている。
小田切 徳美(おだぎり とくみ)
1959年神奈川県生まれ。農学博士。東京大学農学部卒業。同大学院博士課程単位取得退学。高崎経済大学経済学部助教授、東京大学大学院助教授等を経て、2006年より明治大学農学部教授。明治大学農山村政策研究所代表。専攻は農政学・農村政策論、地域ガバナンス論。日本学術会議会員、日本地域政策学会会長、ふるさとづくり有識者会議座長(内閣官房)、国土審議会委員(国土交通省)、過疎問題懇談会委員(総務省)、今後の農林漁業・農山漁村のあり方に関する研究会座長(全国町村会)等を兼任。
主な著書に、『農山村再生』(岩波書店)、『地域再生のフロンティア』(共編著、農文協)、『農山村は消滅しない』(岩波書店)、『農山村からの地方創生』(共著、筑波書房)等多数。