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町村―存亡の危機をしのぎ切る

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年11月26日更新

東京大学名誉教授 大森 彌(第3062号・平成30年11月26日)

「強力な合併推進」の波

1999(平成11)年4月1日、市町村総数は3229、うち町村は2558、市は671であった。「平成の大合併」を経て、2018(平成30)年4月1日現在、市町村総数は1718、うち町村は927、市は791となっている。町村は1631も減った。「強力な合併推進」という大波が町村に押し寄せたのである。地方分権改革を進めるには受け皿の整備が必要だ、それには規模を大きくしなければならない、しかも、町村より市のほうが格上だから小規模な町村をなくして市にすることはめでたいことだ、と考えられた。拡大主義と昇格主義による「町村たたみ」であったといって過言ではない。

国が進めた「平成の大合併」は「フルセット型の総合行政主体としての基礎自治体の形成」をめざすものであった。それは、「今後の基礎自治体は、住民に最も身近な総合的な行政主体として、これまで以上に自立性の高い行政主体となることが必要であり、これにふさわしい十分な権限と財政基盤を有し、高度化する行政事務に的確に対処できる専門的な職種を含む職員集団を有するものとする必要がある。」(2003年11月の第27次地方制度調査会答申)という見方に表われていた。

このような総合行政主体としての基礎自治体の形成を想定すれば、それに合致するまで合併を進めるか、あるいは、合併に至らない小規模な町村をいわば規格外とみなし別の扱いをしなければならなくなる。ここから例の「事務配分特例方式」(小規模町村の事務を窓口業務などに限り、他は都道府県に義務付ける)が出てきた。これに町村は強く反発した。

道州制推進基本法案への対応

町村に押し寄せた大波は合併だけではなかった。「道州制推進基本法案」をめぐる動きも顕在化した。「道州制とは道州と基礎自治体によって構成される地方自治制度」とされ、この下では、「基礎自治体」は「都道府県及び市町村の権限をおおむね併せもつ」とされ、一定規模以下の市町村の再編が必至となるため、現存の町村をほぼ皆無にしていく案といってよかった。

道州制でいう「基礎自治体」は、現存する市町村ではなく、まさしく、「フルセット型の総合行政主体としての基礎自治体」のことである。町村の存亡に関わる構想であったから、全国町村会・全国町村議会議長会は、この法案に対して峻拒に近い形で反対運動を展開した。

「平成の大合併」は幕引きとなり、道州制推進基本法案は棚上げになっている。現在、市町村のうち、しばしば「小規模」の代名詞のように扱われている人口1万人未満の団体数は505あり、全体の約29%を占めている。あれほど「飴と鞭」で押し進めた合併運動の後でも、小中大の多様な団体が混在しているのが市町村の実態である。

小規模町村消滅論の台頭

やっと荒々しい合併の動きが沈静し、町村は、困難を抱えながらも、それぞれに自治の営みに創意工夫を凝らすこととなった。そこへ、今度は、人口減少によって小規模町村は「消滅」の危機に瀕するという見方が台頭した。2013年の暮れから打ち出された、いわゆる「増田レポート」は、20~39歳の若年女性が2010年から2040年の30年間に各市町村でどのくらい減るかを推計し、若年女性が半減し、かつ2040年に人口が1万人未満になると推計される自治体(町村)は「消滅の可能性が高まる」とした。

しかし、法人である自治体は自然には消滅しない。法人の廃止と創設には手続きがいる。関係市町村が協議をし、都道府県に申請を出し、認証を受ける必要がある。もし人口減少の進展によって町村が消滅することがあるとすれば、それは、首長・議員・住民が、困難に耐えかね、気持ちが萎えて、自治体としての町村の存続を放棄する場合である。町村の関係者が、住民の暮らしを支える責任を果たすために、自治体としての町村を断固として守り通そうとする意思をもつ限り、町村は消滅しない。住民のつつがない日常生活の維持にとって、最大の「安全網」は町村が存在していることである。自然災害が多いわが国では、町村のように住民の顔が見える規模の自治体の存在価値は格段に高いといえる。

「まち・ひと・しごと創生法」への対応

国は、「増田レポート」などをきっかけに、人口減少に歯止めをかけようと、2014年に「まち・ひと・しごと創生法」(以下、創生法)を制定し、「地方創生」の政策に乗り出した。すべての自治体が、それぞれに「人口ビジョン」と「戦略計画」の策定を要請された。自治体は、国から発せられた矢継ぎ早の「技術的助言」に戸惑いながらも、人口減少への対応はよそ事ではないと認識し、一斉に取組を始めた。

特殊合計出生率を置換水準の2・07にまで回復させようとする政策には「決め手」も「奇策」もなく、苦戦を強いられるのは必至であるが、この出生率が2を超えている自治体の大半が鹿児島県伊仙町(「子宝の島」)をはじめとする町村であることは銘記されてよい。創生法がある限り、国も自治体も人口政策を諦めるわけにはいかない。息長く着実な取組を継続させるしかない。

しかし、国(内閣)は、地方創生、一億総活躍、人づくり革命など、次々と新たな政策を打ち出しており、どこに焦点があるのか定かではないが、町村としては、人口減少時代を生き抜いていくため、それぞれの地域の実情に即した地域課題の解決に向けて、住民と共にあらゆる努力をしていく以外にない。地域の資源を巧みに生かし、小さな公共私の拠点をつくり、できるだけお金が地域で回る仕組みを工夫し、地域の個性と魅力で外から人を呼び込む、そういう小規模町村の実践例は既によく知られている。

「自治体戦略2040構想」と町村

ところが、今度は、総理が第32次地方制度調査会に対して、「人口減少が深刻化し高齢者人口がピークを迎える2040年頃から逆算し顕在化する諸課題に対応する観点から、圏域における地方公共団体の協力関係、公・共・私のベストミックスその他の必要な地方行政体制のあり方について」調査審議を求めたのである。

この諮問の背景が総務省の設置した「自治体戦略2040構想研究会」の報告(2018年4月に第1次報告、7月に第2次報告。以下、構想)であったことは明白である。「地方消滅」に警鐘を鳴らした「増田レポート」が設定していた未来は2040年であった。この「増田レポート」から約5年遅れで、今度は、自治体行政のOS(Operating System、運営管理の基本仕様)を書き換える必要性を強調する「2040構想」が示された。

高齢者人口がピークを迎える20
40年頃に向かって、人口減少と少子高齢化の進行により、暮らしを支える人材・機能・施設量等が縮減するため、自治体は、標準化された共通基盤を用いた、効率的なサービス提供体制の構築が求められるとしている。キーワードは「標準化」と「効率化」である。その基本的方向として、①スマート自治体への転換、②公共私によるくらしの維持、③圏域マネジメントと二層制の柔軟化、④東京圏のプラットフォームが挙げられており、それぞれに関して自治体行政(OS)の書き換えのポイントが示されている。ここでは③についてコメントしておきたい。町村の今後にとって、特に要注意と思われる内容を含んでいるからである。

「圏域行政の標準化」

構想では、「個々の市町村が行政のフルセット主義を排し、圏域単位で、あるいは圏域を越えた都市・地方の自治体間で、有機的に連携することで都市機能等を維持確保することによって、人が人とのつながりの中で生きていける空間を積極的に形成し、人々の暮らしやすさを保障していく必要がある。」とされている。

既述の通り、国が進めた「平成の大合併」は「フルセット型の総合行政主体としての基礎自治体」の形成をめざすものであったから、このフルセット主義を排するということは、特段の合併手法はとらないということになる。それならば、多様な市町村の存在とそれぞれの自主的判断を尊重するのかというと、どうも、そうではなさそうである。というのは、市町村を規模と能力によって選別することを前提として、これからの自治体行政は、核となる大都市を中心にした圏域単位の行政をスタンダード(標準)にすべきであり、そのための法的枠組みも必要だとしているからである。

市町村の現場では、普通、圏域といえば「日常生活圏」とか「集落生活圏」とか「地域福祉圏」というように、地域住民の自治が及ぶ範囲で、市町村役場を含め多様な活動主体が連携・協働して、全体として「人が人とのつながりの中で生きていける空間」を形成していくことを指している。これならばわかりやすいし、有意義である。

しかし、国が新たにいう「圏域」とは、中心市とその周辺の市町村が有機的に連携する仕組みを指している。それならば、すでに定住自立圏も連携中枢都市圏も動いている。これらとどこが違うのであろうか。圏域を地方公共団体にする考えはないとされているから、圏域を法律上の行政主体として設定し、その中心市に圏域行政の調整権限を与えることになるのだろう。それが「有機的な連携」の意味合いだろう。

おそらく中心市による調整を受ける構成市町村は、圏域行政による都市機能(公共施設、医療、福祉、商業等)を享受する代償として、自治権の縮小を認めざるをえなくなるだろうし、圏域行政の費用について、直接、間接に応分の負担を求められるだろう。合併推進とは言いにくいから、それと同様の効果が期待できそうな圏域行政を推進しようということかもしれない。

「二層制の柔軟化」

圏域単位の行政をスタンダードにしていこうとしても、それが無理なところはどうするのか。構想は、「都道府県・市町村の二層制を柔軟化し、それぞれの地域に応じた行政の共通基盤の構築を進めていくことも必要になる」と指摘している。都道府県が市町村の補完・支援に本格的に乗り出す必要があるという認識である。この点では、すでに都道府県による市町村事務の代替執行制度が設けられている。この代替執行では、事務は町村の名で行われ、効力は町村に帰属する。もし町村側に切実なニーズがあるのであれば、都道府県側が誠実に応じることで、この制度を使っていけばよいはずである。さらに何をすることになるのであろうか。よもや、町村が都道府県への代替執行を強要されることにはならないであろうが、要注意である。

「二層制の柔軟化」というのであれば、「都道府県は市町村のために存在し、市町村と共に協働して自治を担う」という考え方に転換し、広域自治体としてのOS自体を書き換えることが先ではないか。どんなに人口が少なくとも、どんなに財政力が小さくともそこで生き抜こうとしている住民とその代表機関がある限り、その意思を尊重し、そうした町村の存在を認め、その努力を励まし支援することこそを都道府県の新たなOSにすべきではないか。標準化と効率化が強調されるあまり、市町村の多様性と自主性がないがしろにされてはならない。

大森先生の写真です大森 彌(おおもり わたる)
1940年、旧東京市生まれ。東大大学院博士課程修了。東大教養学部教授、学部長を経て、2000年東大定年退職、千葉大学法経学部教授。2005年定年退職。行政学・地方自治論を専攻。地方分権推進委員会の専門委員、日本行政学会理事長、自治体学会代表運営委員、社会保障審議会会長・介護給付費分科会会長などを務めた。全国町村会の提言書『21世紀の日本にとって、農山村が、なぜ大切なのか』などの原案作成にかかわる。現在、全国町村会「道州制と町村に関する研究会」「人口減少対策に関する有識者懇談会」座長など。著書に『自治体の長とそれを支える人びと』『人口減少時代を生き抜く自治体』『自治体職員再論』など。