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元気な町であり続けるために

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年9月11日

元気な町であり続けるために

佐賀県吉野ヶ里町長 多良 正裕

吉野ヶ里町は、その名の通り「国営吉野ヶ里歴史公園」を有する町で、佐賀県の北東部に位置し福岡県(福岡市・那珂川町)と隣接しています。長崎県に向かう国道34号と福岡市・柳川市を結ぶ国道385号が交差し、長崎自動車道の東脊振ICが接続しています。福岡市までは通勤圏内であり、JR長崎本線の吉野ヶ里歴史公園駅は、通勤通学に利用されています。また、九州佐賀国際空港や福岡空港までは車で約30~40分の距離にあるなど交通の便に恵まれています。

町の面積は43.99岐平方キロメートルで、北は脊振山頂(標高1,055m)の近くから、南は広大な佐賀平野までの南北18㎞、東西約4㎞の縦長な地形で、耕地面積26%、山林面積39%と自然に恵まれており、歴史や生活文化も豊かでコンパクトに整った町を形成しています。 

福岡県境の脊振山系は、奈良時代から江戸時代までは山岳宗教の地として隆盛を誇っていました。臨済禅宗の開祖「栄西禅師」は、1191年に中国(宋)より帰朝の際、茶の種を持ち帰り「背振山霊仙寺」境内で茶の栽培を行ったと伝えられています。現在は、往時を偲ばせる茶畑と乙護法堂の側に「日本茶樹栽培発祥の地」の石碑が建立されています。

吉野ヶ里歴史公園を始め、本町は眺望が売りの東脊振温泉「山茶花の湯」や道の駅「さざんか千坊館」を有し、年間約110万人が吉野ヶ里町を訪れています。特に公園内で毎月開催される「夢ロマン軽トラ市」へは県内外からも出店・来場いただき、全国でも有数の軽トラ市に育っています。

町は都市部へのアクセスが良いことから進出企業も多く、製造品出荷額は佐賀県内の20市町の中で6位に位置付けています。平成27年の国勢調査人口は16,411人で5年前の国勢調査人口を保ち、高齢化率は22.3%と佐賀県内で一番低くなっています。これには陸上自衛隊目達原駐屯地の存在も起因していると考えられます。

本町は、元気な町であり続けるため、これまで子育て環境整備に重点的に取り組んでまいりました。子育て世代の皆さんとワールドカフェ方式での意見交換会を実施し、これをヒントに大型遊具の設置や放課後児童クラブの施設を新設、子育て世帯への吉野ヶ里歴史公園の年間パスポート購入補助などを行いました。また福祉施設に新設した「ノイエ」は、子育ての困りごとや悩みを常駐の専門員が解決を手伝うと共に、子ども連れの保護者や住民の皆さんの自由な交流の場となっています。さらに今年4月に認定こども園が開園し、町内の保育園等の待機児童ゼロを達成、小学校1年生は1クラス増になり若い人の定住化が進んでいます。

生活環境整備では、コミュニティバスに加えデマンドタクシーの導入で利便性を高めています。また、これまで企業などが接続できなかった集落排水事業を公共下水事業に全域統合することで、維持管理費の削減だけでなく企業誘致の面でも好条件となっています。さらに、新たな工業団地造成へのニーズに応えるため、県の支援のもと町主体でIC隣接地の用地取得に取り組んでいます。

中山間地振興の取組では、猪やタケノコ、シイタケなど6次産業化に向けた農産物加工所の整備に合わせ、農業体験や川遊びなど里山体験の拠点となるふれあい体験館(仮称)の建設を進めており、道の駅や温浴施設との連携による交流人口の増加を目指しています。

町の新たな取組として、「体験型観光」に力を入れていく必要があると考えています。多様化する観光ニーズに応えるべく、今年7月から、国内旅行業務管理者資格を有する「地域おこし協力隊」が着任しました。歴史・文化や自然環境、交通の要衝など吉野ヶ里町が持つ良さを前面に押し出して磨きをかけ、きらり輝く町を目指し情報発信を行ってまいります。輝く未来を信じて汗してこられた多くの先人たちの遺志を受け継ぎ、さらなる躍進に向け日々精進していきます。