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備忘録

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年6月26日

備 忘 録

兵庫県新温泉町長 岡本 英樹

JR山陰本線に浜坂駅という小さな駅があります。兵庫県と鳥取県境の兵庫県側に位置し、日本海に面しています。鉄道と山陰本線が活力に満ちていた頃は、結構な賑わいでした。給水塔が往時の殷賑を偲ばせ、今でも端然と佇んでいます。私はその浜坂駅から国道178号線をゆるゆると東へ向かい、小さな谷沿いの「藤尾」という小さな集落で、昭和25年11月に生まれました。所謂団塊の世代の一人です。当時は、まだ戦後間もない頃であり、戦争の影響を色濃く引きずっていた時代であったように思います。道路は狭く、砂利道で、橋は木橋でしたし、農耕は但馬牛が主役であり、馬が運送に使役されていました。貧しい時代でしたが、みんな稲作に励み、薪炭の生産や山の手入れ、地場産業に取り組み、生きる為に一所懸命に働いていた時代で、活気に満ちた幼少期であったと思います。

そして、物心がつく頃に昭和の合併があり、浜坂町が誕生しました。今は平成の合併により、旧温泉町と合併し、新温泉町となりました。あれから早や12年を経ようとしています。人生で2度の合併を経験したことになります。

町の紹介をしますと、新温泉町は兵庫県の最北西部に位置し、町域は241㎢、人口15,000人、北は日本海に面し、山陰海岸国立公園、山陰海岸ジオパークの中央に位置しています。また南は氷ノ山後山那岐山国定公園、但馬山岳県立自然公園等自然公園指定区域が全町域の46.3%を占める自然豊かな町です。さらに町内では、湯村、浜坂、七釜、二日市と4ヶ所で良質の温泉が湧出します。全世帯数5,300ですが、その内1,200世帯に温泉が配湯されています。居ながらにして、毎日、家庭で温泉三昧、国民温泉保養地であり、温泉の町でもあります。

さて、町の紹介が長くなりましたが、今年の冬は2年続きの暖冬で積雪のない冬になるかと思っていました。ところが、2月10日から凄まじい降雪に見舞われてしまいました。時間積雪量は10㎝を超えて、僅か半日で1mを超えるという猛烈な降雪が3日に渡って続きました。懸命の除雪作業により、事故も大きなトラブルもなく、事なきを得ましたが、改めて自然の脅威を感じた冬でした。

“雪”といえば昭和38年、サンパチ豪雪を思い出します。私の集落で雪崩が起き、2棟の家屋が押し潰され、同級生を含む子ども5人、大人3人が犠牲になってしまいました。想像を絶する積雪で、2階の窓から出入りしたほどでした。既に電話は不通で、雪崩があった朝、事態の急を知らせに、雪に埋もれた道なき道をひた走り、小学校に連絡に出たことを思い起こします。亡くなった仲間と一緒に遊び、学校に通った思い出とともに、今でも強烈に残る幼少時の悲しい記憶です。

自然は油断するといつでも凶悪な牙をむきます。また想定外の自然の猛威といえば当地では、平成2年9月に大規模な水害に見舞われました。大正7年、昭和9年に次ぐ大洪水といわれています。時間雨量66㎜の集中豪雨に襲われ、凄まじい洪水でした。当時、私は集落の区長で、私の集落で1名の死者を出してしまいました。空振りでもいいから避難は早く、住民の安全を最優先に確保すること、不用意に人を動かさないこと等々反省とともに得がたい教訓でした。そして、その後の復旧と復興は膨大なエネルギーと時間を要することも身をもって体験しました。

阪神・淡路大震災から22年、東日本大震災から早や6年、東日本は、今なお深刻な状況です。私達は過ぎ去った過去を変えることはできません。それでも、過去を忘れず、過去に学び、今、努力することで未来を変えることができます。熊本地震、鳥取県中部地震をはじめ、日本列島各地で災害が頻発しています。近い将来、大地震の発生も予想されています。災害に備え、被害を最小限にとどめる努力が未来の為に、今、求められています。