福岡県筑前町長 田頭 喜久己
中学1年から始めた剣道を現在も続けている。約50年間それぞれの段位の時の師、同志、子ども指導の思い出が詰まっている。不器用な私は六段を12回、 七段を9回受審し57歳で七段証書をいただいた。それぞれ3、4回不合格となると自分の能力なりを疑い始める。しかし、不思議なもので落ちて努力をすれば得るものがある。 それは素晴らしい人との出会いである。教えがいがあると先生や剣道仲間。合格した時家族はもちろん先生も同志も教え子も喜んでくれた。不器用冥利に尽きると心から思った。
役場に就職し、30代40代は地域活性化に熱中した。さまざまな部署に配属されたがいつも念頭には町づくりがあった。家が農家であり特産品づくりも我が家の農地で実験したが多くは失敗した。
湯布院町、大山町、小国町、綾町、北九州市など幾度となく視察した。手弁当で行くと、より親密に話が聞けた。テーマはムラおこしと内発的地域振興である。そしてムラおこしとは、 心おこしであると学び得た。剣道の「剣は心なり」と通じるものがある。心おこしから実践へ、平成5年に野菜の直売所を開設した。 女性名義の通帳を条件とした出荷制度は女性に心おこしと活躍の場を与えた。
58歳で役場職員から町長に就任し、町づくりは剣道修行の思いで取り組んでゆくと決意した。筑前町は、米・麦・大豆の農業の町、一方で、かつて東洋一の陸軍飛行場があった町、 この町の個性である資源を生かして、後世へつなぐために「食に感謝し平和を願う」をテーマに町づくりを進めている。
5年前に食の拠点としてファーマーズマーケット「みなみの里」を整備した。出荷者数365人、野菜果物だけでなく米粉パン、豆腐、弁当の工房、かまど炊きの筑前煮やごはんのレストランなどで、 年間約5億円の売り上げとなり町に元気を与えている。今年は職員、出荷者の奮起で直売所甲子園にも出場する。
また、新たな町の活性化に特産品が必要だった。小さな新聞記事から新品種の黒大豆に着目した。本町は大豆の産地であり生産基盤、技術も充実している。実験栽培の結果、品質、 収量とも手ごたえがあった。加工に向いているし枝豆も美味しい。町は「筑前クロダマル」として商標登録した。生産者、職員、商工業者に心おこしが始まった。 ドレッシング、甘納豆、豆腐、スイーツ、コーヒーなどが開発され直売所をはじめ町内随所の店舗に「筑前クロダマル」の赤いのぼり旗がなびく。商工会、JCがイベントを開く。 子どもたちも応援してくれる。町全体に広がりをみせつつある。ブランド化に向けてこれからが正念場だ。
同じく5年前に平和の拠点として筑前町立大刀洗平和記念館を整備した。本物のゼロ戦や九七式戦闘機を展示し、朗読等で平和の大切さを発信し続けている。 修学旅行のコースにもなり全国から年間13万人の来館者がある。平和のメッセージコンテストには全国から3467通も寄せられた。今年は戦後70年の節目の年でもあり、 本館の役割が改めて見直される。
心おこしは学ぶこと、教育こそ町づくりの原点だと確信している。塾や私学に行かなくとも、確かな学力と人間力を創るという強い思いのもと町単独で指導主事の複数配置や専門教師を採用し、 すべての小中学校にランチルームや空調を整備した。学校現場の努力により学力も向上している。
このような町の魅力に気づいてもらったのか合併後減少していた人口が3年前から増加に転じた。
剣道修行は生涯であり、町づくりも課題や希望が泉のごとくわき出てくる永遠のものである。攻めが必要であり、一源三流、交剣知愛、守破離、懸待一致、努力は裏切らない、 それぞれの剣道の教えが町づくりであり人生である。折しも地方創生元年の年、さらに剣道から心おこしを学びたい。週に一度の早朝稽古が楽しみである。