奈良県下市町長 東 奈良男
山紫水明の郷、商業発展のまち下市町は、日本最初の商業手形を発行したまちであります。「山家なれども下市は都」と歌われたように、 地理学上非常に特色を有して来た古き良きまちで、平成22年には町制120周年を迎えたところでございます。
下市町は、奈良県のほぼ中央部に位置しており、吉野地方の玄関口として発展してまいりました。主に産業は、木製品の加工において 「杉・桧割箸」や、神殿にお供えする「三宝・神具」また、「おひつ・桶」といった厨房用品や、生花や飾りに用いられる壷等の製品を 製造販売しており、古くから産業そして商業の盛んなまちでございます。
―町の紹介―
一、重要文化財
長い歴史文化の中で育まれた龍洞院の阿弥陀如来座像は、桧材寄木本造りで平安後期のものであり、国の重要文化財に指定されている 貴重なものでございます。
二、「下市札」
下市札と云って、吉野の山地と大和平野を結ぶ交通の要衝として栄えた下市町は、地形が険しく銀貨の持ち運びが大変であったため、 商人たちが銀目を紙に書きつけ「切手」と称して発行したものです。これが日本で最初の商業手形「下市札」として通貨に活用され、 現在に至っています。
三、つるべすし屋「弥助」
歌舞伎「義経千本桜」鮨屋の段の舞台で有名になった釣瓶鮨の弥助は、現在も料理屋として経営されております。 また現在も演じられるこの歌舞伎は、源平合戦後の「平維盛」と「いがみの権太」の人情豊かな物語であります。これにちなみまして、 町制120周年記念には、マスコットキャラクター「ごんた君」を制作致し、下市町を全国へ発信する活動に取り組んでいるところでございます。
四、「下市初市」と「蛭子宮の祭礼」
下市町は月に六度「市」が立てられ、 市場町として栄えたまちでもありま す。蛭 えびす 子神社の祭事としての歴史は350年程続いており、 現在も年に1度2月12日には下市町の大イベント 「初市」として地場産品の市を立てて います。
―町の産業ー
序文にも書かせて頂きました「割箸」でありますが、吉野杉・桧材を利用して後醍醐天皇に「箸」を献上し、大変喜んで頂けた時から製産を 始め販売を行い、国の使用量の98%まで担ってきましたが、今では5%弱の量に落ち込んでいます。なお「三宝・神具」に関しましても、 現在社会に於いては核家族化が進み、神仏の飾りも少なくなり利用も少なくなっている状態です。「おひつ」「桶」と云った木品目も 一般に使用しなくなった事も産業の衰退の原因となっています。
農林業も後継者が無くなり、山林の手入れが遅れています。美しい空気(CO2の削減)や美しい水を産出してくれる山に、もっと力を入れたい ものでありますが、労働者不足や若者離れが起こっています。このように昔ながらの伝統と自然の中に息づいている産業を延ばす政策も 考案していかなければなりませんし、今、新製品の開発に向けても頑張っているところでございます。
また、これからは観光についても力を入れて行きたいと考えています。まちには多くの文化財が点在していますので、 点を線で結ぶ観光ルートを作り、他所から多くの観光客が来て頂けるようにしたいと考えます。例えば観光バスルート・ハイキングコース・ 山登りコースをはじめ、箸作り・果樹農園作り・農業等々の体験コースを作って、観光客に来て頂きたいものです。今話題の観光スポットといえば、 「かぶと虫の森」。ここは親子で楽しく一日過ごす事が出来、かぶと虫とふれあう事が出来る自然豊かな森です。新しい発見と感動の体験が待っていますよ! かぶと虫の森で遊んだ後は、下市温泉で体を休め、食事をとって頂き、山あいにある森林公園「やすらぎ村」では自然を満喫し、キノコの形をした 宿泊施設「マッシュルームキャビン」に泊まって、爽やかな朝を迎える。そんな観光ルートがお薦めです。オートキャンプ場を備え、 釣りや川遊びなど大自然の中でアウトドアをお楽しみください。
また、下市町の食文化として伝統ある柿の葉すしは、手軽に食事が出来ると云う点が重宝され広く食して頂いており、今でも町の産品として 一役担っています。そして、果実の柿も下市ブランドとして御愛食頂いております。下市町にある柿畑は、国策で30年前からパイロット事業として 山を開墾し開発した畑地です。以来順調に収穫出来、推移しているところであります。このように町の産業も少し変革しており、これからも地場産業の 拡大についても努力していきたいものです。
下市町の地場産品やレジャーを楽しみに是非一度訪れてみてください。皆さまの来町を心よりお待ち致しております。