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『想定外』

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年3月5日

『想定外』

宮城県町村会長 利府町長 鈴木 勝雄

私の生まれ育った利府町は、宮城県のほぼ中央に位置し、「杜の都 仙台市」、「港町 塩竈市」、「史都 多賀城市」、「日本三景 松島町」に接する、海と山に囲まれた自然豊かな町です。

人口統計を取り始めた昭和21年度の人口は7,422人でしたが、政令指定都市である仙台市に隣接していることや、商業集積による雇用の場の創出、高速交通網の整備などによって利便性が向上し、平成23年5月には35,000人を超え、少しずつではありますが人口が増加している穏やかで住みやすい町です。

2011年3月11日 午後2時46分、そんな我がふる里を激しい揺れが襲いました。

宮城県では、30年以内の近い将来、99%の確率で発生すると予想されていた宮城県沖地震に備え、1978年6月12日に発生した宮城県沖地震、2008年6月14日に発生した宮城・岩手内陸地震など、過去に発生した災害を参考に、防災基盤の整備をはじめとし、災害発生時の初動・応急対策など防災体制の充実・強化が図られておりました。

我が町でも、町民の生命と財産を守るため、「安心・安全なまちづくり」を重点施策の一つに掲げ、有事に備えた自主防災組織の育成、防災備蓄食糧や防災資機材の整備、防災無線の配置などに努めてまいりましたので、防災力は格段に向上していたはずでありました。

しかし、東日本大震災では、津波の波高が10mを超え、本町でも最大3.1mの津波が押し寄せたことから、沿岸部家屋の浸水、養殖施設や漁港施設の被害に加え、係留していた漁船が打ち上げられたほか、国道45号が寸断されました。

また、震度6弱の地震により、多くの家屋が被災し避難を余儀なくされたことや、公共交通網のマヒ、道路施設の損壊による帰宅困難者の発生、さらには、走行中の新幹線が町内で緊急停車したことから、乗客の方々が役場庁舎に避難するなど、想定していなかった多くの避難者が避難所に身を寄せました。

さらに、電気、水道、ガス、電話等ライフラインの復旧、灯油、ガソリンなどの燃料の確保など、防災計画にはうたっていない事態の発生に右往左往したところです。

今回の大震災は、地震の規模、津波、死者を含めた被害者数、ライフラインの寸断、福島県の原発事故など、これまで様々な機関が想定していた規模をはるかに超えるものでした。

よく「想定外」という言葉は、行政の逃げ言葉であると言われますが、専門家の方々でさえ予見できなかった、このように巨大で広範囲におよぶ地震の発生を誰が予想していたでしょうか?

今後、防災について考える際には、今回の大震災を教訓に、自然の破壊力は人間の想像をはるかに超えるものであり、災害の発生は避けられないものであることを前提とすることは当然のことですが、それを完全に防ぐための施設、組織などを備えることは不可能であるということを十分認識したうえで考えなければなりません。

そのため、今まで以上に産学官の連携を強化し、有事にはそれぞれができる分野での役割分担を明確にするなど、協力体制づくりの強化を図るとともに、限られた予算の中で、いかに効率的に災害を軽減できるかについて、検討していく必要があるものと考えます。

今後、復興には長い時間を要し、幾多の困難に直面することが予想されますが、町民とともに一人ひとりが持てる力と英知を結集し、先人が築き上げてきたまちの再生にまず最優先で取り組まなければなりません。そして、一日も早い復興を成し遂げ、活力と魅力を備えた利府町を次の世代につないでいくことが、私たちに課せられた使命ではないかと考えております。

この度の東日本大震災におきまして、震災発生直後から物心両面にわたり多大なるご支援とご協力を頂戴いたしました皆様に対しまして、この紙面をお借りし深く感謝申し上げます。