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 企業との絆

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年3月1日

神奈川県町村会長 大井町長 間宮 恒行


昨年9月の政権交代は、我々地方自治体にあまりに急激な変化を与え、未だ確固とした方向が見えないことに不安と戸惑いを感じているのは私だけではないと思います。地球規模では、地球温暖化問題解決の切り札として太陽光エネルギーへの取り組みが本格的なものとなりつつあります。かつて石炭を動力とした産業革命はイギリスに覇権を与え、エネルギー源が石油に代わるとアメリカが覇権をにぎりました。今直面しているエネルギー革命は、新たなパラダイムの転換を明確に示しています。
昨年来、わが町もこれらに匹敵する、いやそれ以上の変革に見舞われようとしています。ご存知かもしれませんが、大井町は第一生命保険相互会社の企業城下町です。昭和34年故矢野一郎会長は、ちっぽけな純農村の大井町(町の4割を占める平坦部では米麦の栽培や養鶏養豚が行われ、残る丘陵部においては温州みかんやタバコ、蔬菜の生産と酪農が行われていました。世帯数約1,000戸、人口約6,500人)に東京日比谷本社の拡張を決定しました。その理由は、都心から70㎞の位置にあり東名高速道路で約1時間であること、高度通信施設が使用可能なこと、そして都会の危険と喧騒から離れ太陽と空気と水に恵まれた風光明媚な健康な地であること、町民と企業との協力で立派な田園都市を創り得る期待が持てるということでした。
町は、町長を委員長とし、町内各層から 選出された委員で構成した「大井町田園都市促進委員会」を組織し、用地価格の評価や用地買収の利害調整にあたりました。更に、円滑に田園都市構想を実現するための協議機関を設置し、20万坪(66万平方m)の用地をまとめることができました。会社側においては、矢野一郎会長が座長となり、内田祥三工学博士(東京大学名誉教授)、東畑精一農学博士(同)をはじめとする各分野の権威者・学識経験者で構成される「大井町都市計画会議」を設立し、二ヵ年間に及ぶ詳細な基礎調査を基に「大井町開発の構想」を打ち出しました。また、会社、社員、町民が融和し、協調しあえる理想的なコミュニティの建設と大井町の都市計画に対する助言・提言をする第一生命の研究機関として「(財)地域社会研究所」が設立されました。そこで「大井町開発の構想」を基に「大井町開発基本計画」が策定され、これを基に現在のまちづくりが推進されました。この基本計画は今でも〝まちづくりのバイブル.としているものです。東名高速道路大井松田インターチェンジと小田原市を結ぶ国道255線をはじめとする4路線の都市計画道路は近隣の市町を結ぶ大動脈であり、今日の町の発展の礎となりました。
また、社屋の建設にあっては、夫々の権威者によって、地質・地盤の調査、地下水調査、気象的調査、富士山噴火時の危険度調査までも行い、建築・土木の専門家により、100年、200年に耐え得る最高の材料と技術を駆使し、当時の建築学会、建設業界におおいに注目されました。こうして昭和38年から5年の歳月をかけて建造された18階建ての大井第一生命館は、広大な自然緑地の上にそびえ立ち「かながわの建築物100選」にも選ばれ、大井町のランドマークとなっています。
昭和43年3月には、延べ450台の大 型トラックが行き交う、壮大な引越しとともに1,900人の転入があり、町の様相は大きく変わりました。背広姿の人が行き交い、田んぼの中の一本道だった国道沿線にはガソリンスタンド、ドライブインが1軒、2軒とでき町中に沸きあがる活気と急激な都市化が感じられました。町では幼稚園の設立、小中学校の建設、ゴミの収集など行政サービスが次々と高度化していきました。なんといっても税収の大きな伸びが町の財政を潤すこととなりました。当時6,500人だった人口は現在18,000人を越え県下でも有数の増加率を示してきました。以後、会社においてはドルショックやオイルショック、バブル経済の破綻等の幾多の経済危機を経営努力で乗り切って今日に至っています。大井町への本社拡張計画決定から半世紀の長い間、相互主義に基づき共存共栄で協調しあい、理想とする田園都市を築いてきました。
このように共に歩んできたパートナーから事業所の再編・移転方針が突然に発表されたのは平成19年1月のことでした。まさに「晴天の霹靂」でありました。このとき会社は大きな二つの決定をしました。一つは、事業環境の幅を広げるために平成22年度から相互会社から株式会社に転換すること、そしてもう一つが商品開発と顧客対応部門との業務関連強化のために平成23年度中に事業所の再編をし、本社機能をすべて東京に集中することでした。会社は生き物、その時々の環境に対応し変化して成長を続けるものです。ビジネスパラダイムの転換を迎えたのです。

急遽その対応として、町内に「第一生 命移転再編対策会議」を設置するとともに、神奈川県、第一生命、大井町の三者で「第一生命移転対策委員会」を組織し、移転後の企業の再配置と新規事業所の建設等を協議しました。新規事業所は、地場産業化した1,000人規模の関連会社のために新たに建設されます。新規事業所の建設工事は既に始まり、7本の大型クレーンがそびえ立ち、槌音高く順調に進展し平成23年度完成の予定です。一方、企業の再配置については、現在の経済状況とあまりにも立派な建物や広大な保全緑地があり、容易に進まない状況にありますが、第一生命も真剣に取り組んでいてくれます。
今大井町は、転機を迎えようとしています。厳しい道のりが予想されます。しかしながら、ピンチのときこそチャンス有りの意気込みで、第一生命との半世紀に及ぶ、信頼と絆そして相互の精神の下に、町民、職員が一丸となって新たなまちづくりに向けた大きな一歩を踏み出そうとしています。