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 負の産物をプラスに転化

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年9月7日

負の産物をプラスに転化

栃木県町村会長・市貝町長 小林利恒


「春満開!絶景芝ざくらの旅」
「本州最大級!芝ざくら鑑賞の旅」
「芝桜公園 桜花浪漫紀行」

これは、当町を訪れた観光バスのフロントガラスに掲示されていたツアー名。4月から5月のGWにかけて当町の『市貝町芝ざくら公園』は30万の人出で賑わう。どのツアーも共通しているキーワードは「芝桜」。今回は、負の産物をプラスに転化したいという思いで整備をした芝ざくら公園について紹介させていただきます。

本町の位置する栃木県の南東部には芳賀台地と呼ばれる地味肥沃な土地で古くから農業が盛んに行われてきた。順調と思われた農業だが、たった一つ、致命的ともいえる弱点を負っていた。それは台地という地形の宿命ともいうべき用水問題である。

芳賀台地の降水量は、年間1,300ミリ前後と県下で最も少ない地域に属しており、天水頼みの営農を解消し、安定した農業用水の確保が長年の念願であった。

そこで、栃木県及び関係六町(現在五市町)が“芳賀台地に水を”を合言葉に、国営事業を動かし、昭和62年国営芳賀台地農業水利事業が着工し、平成16年に完工した。この国営事業の中心施設として造成された塩田調整池は、周囲約1.4キロ、東京ドーム1杯分の水を蓄えることができ、田畑を潤す八角形の綺麗な形をした人造湖は“芳那の水晶湖”と名付けられた。

水晶湖は貯水池部の掘削に伴って発生する土砂を築堤材料として使うフィルダム工法を採用し、擂鉢状の水瓶が姿形になるに従い、大量の残土は湖の隣地に積み上げられた。この負の産物残土は辺りの美しい景観とは全く馴染むものではない。そこで国が隣地住民から借り上げていたストックヤード用地を町が買い上げ、調整池周辺整備に着手。勿論、予てより周辺整備基本計画は策定されていたが、将来的に地域の活性化に繋がり町民が誇れる、愛情を注げる施設であることが肝要で、専門家が策定した計画案は、遊戯娯楽施設等がメインの構想であった。時代の潮流に影響を受けない、流行り廃りのないものを基本とし、そして何より住民の参加による地域づくりを採り入れようと考え、その結果「市貝町芝ざくら公園」計画が誕生した。幸い栃木県でも、調整池建設に伴い発生した管理用地の円滑な維持管理と有効活用を図るため、広大な水面と周辺環境が調和した水環境整備事業(せせらぎ水路など親水施設の整備)に取り組むことになった。

国でも直轄工事は大詰めとなり、すでに残す仕事は、立つ鳥跡を濁さずが如く「仕上げ」「磨き」の最終段階。それならと周辺整備に関して国、県、町の三者協議を設置。国・県とも付加価値の高い施設の創出をという方向で意見は一致していたので、公園整備のため実施可能な事項について意見を交わし、国・県の事業と併せ、調整池周りと芝ざくら公園約8ヘクタールを一体で整備することとなった。

町が掲げる整備テーマは勿論「芝ざくら」。公園の本丸ともいえる芝桜ゾーンの植栽は平成16年から17年にかけて述べ1,200人のボランティアの手で2.2ヘクタールに苗が植えられた。地元住民のほか町内はもとより町外からも希望者が訪れ、自ら植栽した苗に愛着を感じ、ペットボトル飲料1本のお礼でも、実に楽しそうに作業に汗を流してくれた。

奇しくもその年の秋、民放テレビ局の番組で当町が日本一影の薄い町として取り上げられ、話題はインターネットなどで全国を駆け巡り、その翌年、平成十八年四月に、影の薄い町に本州最大級の「市貝町芝ざくら公園」が堂々開園。公園の頂にある展望台からの眺めは、東面には町で整備した、たおやかに流れる敷きつめられたシバザクラの花模様、西側の眼下には静かに横たわる芳那の水晶湖が朝昼夕に刻々と違った顔を見せる。

市貝町芝ざくら公園には、市貝産農 産物、市貝ブランドみやげ品が揃う。町民が誇りと愛着を持ち、訪れる人々に心の潤いと安らぎを提供し、来町者を温かく迎え入れる芝ざくらの町として今後も励みたい。