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 川とともに生きる

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年4月13日

川とともに生きる

岐阜県川辺町長  佐藤 光宏


川辺町は、その名のとおり「川のほとり」のまちです。岐阜県のほぼ中央に位置する川辺町は人口1万1千人、42平方キロメートルの総面積の3分の2を山地が占める豊かな自然に恵まれたまち、その町の中央部を飛騨川が南北に流れ、悠久のときを刻みます。ひとびとは古くから川とともに生きてきました。

「川辺」の名は、1300年前に「川辺郷」と言っていたところに始まります。川の恵みを受けながら、岸辺に集落が栄えていったようです。鮎をはじめ鯉、ウグイ、ウナギなど活きの良い川魚を使った料理は絶品で、清浄な水を利用した地酒や名物の味醂も全国に発送されていきます。飛騨川上流に位置する下麻生地区は、かつて材木集積の港・網場として繁栄しました。川幅いっぱいに木材が溢れ、筏師の威勢の良いかけ声が山を震わせました。戦国時代、木下藤吉郎が墨俣に築いた一夜城材木は、飛騨川上流で切り出され、川を利用して運ばれたと伝えられています。

しかし、山麓を走る高山線の開通、昭和12年の川辺ダム竣工により、水運から陸運へと移行し、飛騨川の様相が一変しました。せき止められた水流はほぼゼロとなり、岸を覆う竹木が風を緩衝し、水面の波を抑えました。ボート競技には絶好な条件が生み出され、全国でも1、2を争うレース場として、時代にふさわしく生まれ変わったのです。昭和45年、46年、63年にそれぞれ建設された艇庫を利用してボート競技振興を図りながら、まちづくりがすすめられました。川辺町は来る2012年(平成24年)に開催される「ぎふ清流国体」のボート競技会場に内定していますが、清流飛騨川にふさわしいスポーツ会場であり、「ボート王国かわべ」と自負しております。

そして、川岸にも命が吹き込まれました。水に触れ、川に親しめるようにと大規模な改修を施した湖岸道路には、ウォーキングで汗する人びと、散歩を楽しむ親子連れなどが行き交います。水に親しめる「かわべ夢広場」、保養施設「やすらぎの家」から5分ほど下流に歩くと、艇庫を配した漕艇場があり、3月から9月のシーズンには、多くの選手でごった返しています。水面に張り出した桟橋に降りると、手の届きそうなところにボートが見えます。一人乗り、二人乗り、多いのは9人が乗り込み、かけ声とともに豪快に進んでいきます。水上を「滑る」という表現のほうが適切かもしれません。漕艇場の対岸も整備され、1周約3㎞の川風の心地よい遊歩道が完成しました。

地域の振興と生活基盤づくりには欠かせない道路体系の整備は、平成17年に完成した東海環状自動車道(東回り区間)、このほど開通した(平成21年3月20日)国道40号美濃加茂バイパスにより飛躍的に向上し、広域的な観光や産業の振興、地域の活性化に寄与するものと期待されております。

また、飛騨川ダム湖では年間を通じて多くのイベントが開催されます。リバーサイドフェスティバル川辺おどり花火大会、ふれあいレガッタ、マリーンスポーツフェスティバル、ふれ愛まつり、ます釣り大会などなど、緑豊かなオープンスペースとして、レクリエーション・スポーツを通じた交流の場、憩いの場、自然とふれあえる場として整備がすすんでいます。

平成20年度を初年度とする川辺町第4次総合計画においては、まちの将来像を「美しく輝く水辺と心を育むまち」と定められました。美しく輝く水辺をそのまま次世代へと引き継ぎたい、このまちに住む人びとすべてが健康で幸福な生活を享受し、その心も美しく輝いていてほしい、との願いを具現化するものです。自然と調和のとれた潤いと活力あるまちを目指して、全町民が一体となって取り組んでいます。

川の恵みをうけて発展してきた川辺町は、これからも川とともに生きていきます。