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 三十三万人 人出の方程式

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年3月2日

三十三万人 人出の方程式

神奈川県松田町長 島村 俊介



私たちのまち松田は、神奈川県西部に位置し、東京から70㎞、横浜から45㎞地点、丹沢山塊を背負う山間部94%、可住地6%の人口一万二千人の町です。この6%に東名高速、国道246号、255号、JR御殿場線、小田急線が交差する、まさに交通の要衝の町でもあります。 

この松田町が今年4月1日に町制施行百年を迎えます。100年前に町制を施行して町のまま100年を迎える町は非常に少ないとのことです。

明治22年(今から120年前)東海道線が開通し、松田停車場(駅)が開業しました。曹洞宗最乗寺道了尊の参拝、富士山の登山、大山詣の中継点として大いに賑わいました。そして明治42年に、足柄上郡26ヶ村のトップを切って町制を施行しました。当時の時刻表では、新橋-松田間を2時間20分、現在1時間30分、50分しか短縮されていませんし、到着時刻が何秒まで入っているものもあります。当時の技術の高さには驚かされます。

そして、小田急線が開通した昭和2年頃は、100年の歴史のうち松田町が一番輝いた時代となりました。

昭和30年には、山間部にある寄(やどりき)村と合併し、新制松田町がスタートし、現在までその町域で続いています。

平成9年『安全、安心なまちづくり』を公約に掲げ町長に就任、12年間着実に施策を積み上げてきました。

松田町は、地震の巣と表現されるように、東海地震、南関東地震、県西部地震、小学生の教科書にも出てくる国府津-松田断層地震が発生すると言われています。当然、国の地震防災対策強化地域に指定されています。町民の災害に対する意識は非常に高く、毎年行われる防災訓練には町民の4人に1人が参加します。

町では、施策の第1に『安全、安心まちづくり』を掲げ取り組んでおり、6年前に県下で1番早く学校の耐震化を終了させ、18年には、当時日本一地震に強い免震構造の庁舎を完成させることができました。水道も耐震性貯留槽を整備し、万が一に備えています。また、ソフト面では、すべての幼稚園・学校に警察官OBの警備員を配置し、子どもたちの安全を守っています。

21年度予算には、新型インフルエンザに備え、先生・職員全員の防護服や、子どもたちに3日分の対応マスクなどを備えます。また、一人暮らしのお年寄り全家庭に、火災報知機を職員の手で取り付ける予定です。今後も小さな町にしかできない地味な施策を着実に積み上げていきたいと思っています。

さて、本題『三十三万人人出の方程式』についてですが、この原稿を書いている2月5日、役場の裏にある松田山の早咲き桜(河津桜)は、三分咲きになっています。明後日の7日から第11回桜まつりを開催します。昨年の花見客は何と33万人でした。植えてまだ13年、総本数260本しかない桜になぜこの様に多くの人が集まってくるのか、その方程式を考えてみました。

●目の前の富士山と桜(日本人の心)が似合うこと
●早咲きなので、染井吉野などの本格的桜の前に咲くこと(皆が春を待ちわびている頃一足早く咲く)
●松田山の法面に咲くので、1本1本がすべての花を見せてくれること(本数の割には大きく見える)
●首都圏に近いこと(一時間以内で来られる)
●何よりも影響力があるのが、NHK、TBSが定点カメラを設置しており、天気の良い日は毎日のように、富士山と桜のツーショットを天気予報のバックで流してくれること

これらの方程式のもと、多い日では3万人の人たちが数珠繋ぎで町内を歩いてくださいます。ご多分に漏れずシャッター通りになりつつある商店街が、1ヶ月間大いに賑わい、役場は総力戦体制に入り対応しています。この方程式を崩さず、さらに掛け算や加え算ができるよう、町民の皆さまと知恵を出し合い協力を得、さらに付加価値のある桜まつりにしていきたいと思います。ぜひ一度ご来町ください。