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 人が、地域が輝けば町は輝く

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年10月26日

人が、地域が輝けば町は輝く

宮城県丸森町長 渡辺 政巳


私は、平成11年に丸森町長に就任し、現在3期目です。町長就任前は、町議会議員に3期11年在職しましたが、それまでは「丸森を活かす青年会議」という組織を立ち上げその中心になって地域おこし活動を行っていました。その中で、ふるさと丸森をよくするためには若者の意見を町政に反映させなくては、と考えて町議会議員に立候補し、当選と同時に迷惑をかけないようにと組織を退会したのですが、その後は活動が縮小し、やがて組織も解散してしまいました。

また、丸森町には「筆甫(ひっぽ)」という地区がありますが、この地名は読んで字の如く“筆の甫”という意味で、伊達政宗が検地を始めたところと言われています。私は、地区の名を活かした事業として「筆供養」をしてはどうかと地元の方々に提案しました。針供養は各地でやっているようですが筆供養は聞いたことがなく、やれば全国的に注目されるだろうと思ったからです。やるからには継続させないと意味がないと考え、中心となって活動してもらう地区の若い人たちを2年かけて説得しました。そしてようやく立ち上がったと思ったら、なんという行動力か、自分たちで山から木を切り出し、筆神社を作ってしまいました。社は、“合格”を祈念しての5角形で、毎年、11月23日の「いいふみの日」に筆祭りと称した筆供養などを行いますが、マスコミに取り上げられたこともあり、多くの方々で賑わいます。

私は、この2つの事例を通して「地域に根ざして活動する人が出てこないと地域は活性化しない」とつくづく考えさせられ、「町づくりは人づくり」という思いを強く持ちました。

ところでわが丸森町は、昭和29年12月に2町6村が合併して誕生しました。合併当時は人口が3万人近くありましたが、高度成長期に人口流出が続いたこともあり、平成20年3月では16,624人まで減少しています。行政区域面積は273.34平方kmと広く、その約70%が山林という中山間地帯ですが、高い山がないことから町内全域に人が住んでいます。このため道路の延長は、国道・県道・町道・農道・林道を合わせると1,000を優に超えています。

また本町は、自然環境に恵まれた大変住みやすい町です。県内でも比較的温暖な気候風土のため、古くから人々の定住が進んでいたと見られ、奈良時代以前に造営されたと見られる台町古墳群をはじめとする多くの史跡もあります。町の中央を東北第二の大河である阿武隈川が貫流しており、阿武隈川舟運の拠点として栄えた歴史があります。

この舟運のなごりを残して運行している「阿武隈ライン舟下り」や舟運で財を成した豪商の屋敷を活用した蔵の郷土館「齋理屋敷」、そして優れた自然環境を有する阿武隈川流域やその支流の内川渓谷などの風光明媚な観光資源を有しており、貴重な動植物が多く見られることからその一部は阿武隈渓谷県立自然公園に指定されています。

このような特性を有する町であることから、旧町村8地区にはそれぞれ特有の地域性が今も根付いています。この特性を活かしながら、「自分たちができる事は自分たちでやる」という考え方に立った地域主導の町づくりを推進することとし、平成13年4月から5年の月日をかけて、8地区すべてで独自の町づくりのための「地区別計画」を策定していただきました。そして、この計画の推進に当たっては、行政と住民の協働が特に重要なポイントとして位置付けされているのが大きな特徴です。

例えば、地元の商店が無くなった大張地区では、何とかしなければと危機感を持った地区住民が立ち上がり、資金を出し合って農協の空き店舗を借り、商工会と提携して何でも売る「なんでもや」を開店しました。また、耕野地区では案内看板が無いため、地区の大工さんの協力を得て素人とは思えないほどすばらしい看板を作成して設置しました。それから、舘矢間地区と大内地区では、転作田を活用した秋咲きひまわりを景観作物として数規模で植え付けています。いずれも最初は期待半分で始めましたが、予想を上回る人の集まりにビックリするやら喜ぶやらで、地元住民の意識が変わり、地域も変わり、以前より元気と明るさが出てきました。更には、各地区に直売所が次々と誕生するなど、人々のやる気も順調に育っているようです。

また「歳を取ったら何もしなくていい」とよく言われますが、高齢化率が高いわが町では歳を取っても力を発揮できることがたくさんありますので、高齢者の方々には自分でできることに積極的に取り組んでほしいとお願いしています。

今の時代は、どの自治体でも経費節減や職員削減に取り組んでいるため、行政だけでは町民の要求に応え切れないのが実情です。これからは、自分が住んでいる地区そして町を元気にしたい、と自ら立ち上がり行動を起こしていただくことが町づくりには欠かせません。町民一人ひとりが自分に合った実践活動を展開することにより、人が輝き、地域が輝き、 そして町が輝くこととなるのです。