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 美しい街づくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2006年5月15日

岩手県 一戸町長  稲葉 暉


昨年の春オープンしたショッピングセンターへの入り込みで予想以上の交通量が発生し、信号機設置の県警の予算がついたのは幸いであったが、その信号機は当初の設計では景観の点から言ってとても満足できない内容のものであった。
単純に信号機が出来る事だけを喜べばそれはそれで済んだかもしれない。
しかし、そうはいかない事情があった。そこでは新市街地の建設が継続して行なわれており、それは一貫して一定の美意識をもって実施されてきている。
小さな事でも、美意識上大事な事であれば見過ごさないで、徹底してこだわってきたのである。
例えば、各建物の屋根の色は緑色が基本になっている。
これも建主にはっきりとお願いを続けてきた結果である。壁の色しかりである。
壁は大地の色である茶色を基本としている。会社のシンボルカラーがある場合は、その基本の色との調和が保たれるよう配慮してもらっている。
又、建物をたてる時、ぎりぎり敷地の境界までせり出してたてるのではなく、道路境界から一定の余裕をもってスペースを空けて建てて貰っているので、広々とした雰囲気となっているのである。
更に、通りには、空中に電話線や電線が一切張られていない。
その結果、頭上を遮るものが全く無いので、実にスッキリした気持ちの良い空間になった。
こんな話もある。ショッピングセンターの打ち合わせがあった時、ショッピングセンター側はその十字路に巨大な立看板を作りたいとの事であった。あの角に大き過ぎる看板が立ってしまったら、あの大事な空間を不粋な形で占領してしまうのは明白であった。
そこで大きな看板を取りやめて、逞良い大きさの、可愛らしい看板にしたらいかがかと提案させて頂いて最終的に御理解を頂戴した。
それからの話もある。
一体誰がそのような看板をデザインできるのかとの話になった。良い人選をしたい。が身近にいない。 その中で日本グラフィックデザイナー協会会長の福田繁雄さんが浮上した。
幸いにも先生には承諾をいただいた。その結果、満足できる看板が出来たのである。この事で我々は教訓を得たのだが、一つは看板一個でも簡単に見逃さない。美しいすっきりした街角を実現するためには、執着を持たなければならないと言う事である。そのこだわりのお蔭で自信満々の商業者の方々の当初計画であった大きな看板を変更してもらって適切な看板が出来上がったのである。   
二つ目は、お金が足りなくても美しい良いものを作り上げたいとの熱意があれば、有名な人も参加してくれてその才能あふれる作品を我々の為に惜しみなく与えてくれると言う真実である。
この事に関して、他の例も紹介したい。一戸南小学校は世界的に活躍している安藤忠雄氏の作品である。最初、安藤忠雄氏の話が出た時の周囲の反応は、標準設計料の倍も出さなければ駄目なのではないかと言ったものであった。当然な反応であろう。その心配をよそに安藤忠雄氏にあの作品を標準的な設計料でお願い出来たのは、やはり子供達の為に、何としても彼等の感性を最大限引き出せるような学び舎を建てて貰いたい、との我々の熱意であったと思う。その熱意は、美しい街づくりを続けたいとの熱意と同じものであると信じている。ちなみに南小学校のモチーフは、あの表参道ヒルズに生かされている。
もう一つの例は御所野縄文公園の整備である。
そこは縄文住居に土屋根のものがあった事が、日本で初めて実証された遺跡である。
博物館とか吊り橋の設計は、元日本建築学会会長仙田満氏のものである。彼も全身全霊を尽くしてその事にあたってくれた。実際、彼の言葉によると、こんなに力を入れた設計は今迄なかったとの事である。彼にも普通の設計料が支払われている。彼の作品が御所野遺跡の世界文化遺産入りに役立てば、と願っている。
信号機の結末はこうなった。信号機の電線は地中化し、信号機のデザインもより良質のものに変更する。但し、県警の予算をオーバーする分もあるのでそれは町費で対応する事とする。その結果街角に似合った落ち着いた信号機が設置された。
そこを通る度に満足感が湧いて来る。