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 合併奮闘記

印刷用ページを表示する 掲載日:2006年1月9日

合併奮闘記

青森県町村会長 中泊町長 小野 俊逸


「大地の恵みと海の幸、心ひとつに希望のまち」。合併した新中泊町のキャッチフレーズです。青森県津軽半島の北端に位置する中泊町は平成17年3月28日、旧中里町と旧小泊村が合併し新町をスタートさせました。2町村の、しかも飛び地合併ということで県当局をはじめ、各方面から指導や意見をいただきましたが、新町が誕生して早や9ヶ月、心配された電算統合等の問題もなく粛々と経過する中、我が町の町村合併について、振り返ってみたいと思います。

平成の大合併と言われたこのたびの市町村合併は、まさに青天の霹靂とも言えるものでした。突然、合併の大号令が発せられ、日本全国右往左往するばかりでありましたが、おかれている市町村の現状や国と地方の関わりなどを深く考えていくと、このままでは、市町村、特に私どものような弱小自治体を維持していくことは到底困難であり、合併せざるを得ない状況であることがわかってきました。当時、私は旧中里町の町長を務めていましたが、合併に際し各種資料をもとに、町の将来をシミュレーションしてみましたが、どの数値を見ても、両町村とも単独では将来財政的な破綻をきたすことが示されており、合併しか進む道がないことを悟った次第です。とは言うものの、この合併は簡単に進んだものではありませんでした。

本町は青森県の北津軽郡に属する町でありますが、本郡は五所川原市を挟んで郡南部と北部に分かれています。その北部に属する4町村は、非常に密接な関係にあり、早くから常備消防や特別養護老人ホームなどの事務組合を構成し、また、農協の一本化や交通安全協会など、各種民間団体においても同一歩調をとってきました。

これら歴史的、地理的条件を背景に町村合併においても、当然のごとく4町村がまとまり、合併協議に入ったものです。合併協議や各種事務事業のすり合わせは順調に進み、青森県内ではトップクラスの早さで合併が実現するものと誰もが思っていたのでした。

しかし、その雲行きが怪しくなったのが、各町村の12月議会が終わり、年の瀬が迫った頃でありました。構成町村で意見の食い違う問題が発生し、ある町が突然合併協を離脱すると言い出したのであります。結局、半年をかけて進めてきた合併協議は、一瞬のうちに解散となり、組合せの段階からやり直すこととなったのであります。合併の難しさを痛感したのでありました。

その後、合併前の町村で住民に対する説明会や、アンケート調査を実施したところ、旧中里町と旧小泊村が合併することを望む意見が多く、飛び地の合併ではありますが、協議を進め、昨年3月の合併となったものであります。

合併はしたものの、本町は過疎・高齢化や財政の逼迫など多くの問題も抱えております。これから平成18年度の予算編成に取りかかることになりますが、果たして赤字を出さずに予算を組めるか心配です。昨年12月に長崎県対馬市を行政視察した際に、市長さんのお話を伺うことができましたが、合併について「合併をするも地獄、しないも地獄」とおっしゃっておりましたが、まさしくそのとおりであります。

しかし、新町の誕生に大きな期待をよせていただいている町民の方々の付託に応えるためにも、中泊町のため、誠心誠意努力していくつもりであります。

今、津軽は雪が舞い、厳しい冬の真っ最中ですが、青森県においでの際は是非、広大な大地と海の幸に恵まれた中泊町にお立ち寄り下さい。津軽平野をたくましく走るストーブ列車とともに、お待ちしております。