ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町村長随想 >  条幅・扁額に学ぶ

 条幅・扁額に学ぶ

印刷用ページを表示する 掲載日:2004年4月5日更新

条幅・扁額に学ぶ

愛知県町村会長
愛知県小坂井町長
 藤田 享


小坂井町は、面積9.92平方キロメートル、人口22,300人、東三河の中心に位置し、東JR海道本線、飯田線、名鉄本線にJR各駅を有し、国道1号も通り、交通至便のコンパクトな町である。

歴史は古く、出土した銅鐸三基は東京国立博物館に保存展示されている。徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝公の祖先、本多正忠歴代の居城伊奈城跡がある。

徳川家の家紋「三葉葵」ゆかりの地として、江戸初期の諸大名の系譜を著した新井白石の「藩翰譜」、頼山陽の「日本外史」にその記述を見ることができる。

音楽による町おこしを目指し、フロイデン・ホールに内外の音楽家を招き、音楽を志す人のリサイタルや、コンサートで県下一の利用率を誇っている。

さて、わたくしは、できるだけ読書をこころがけている。今までの人生で、さまざまな書物に接してきた。また講演などを聴くのも好きで、政治家や、作家や、学者などいろいろな話を聴いてもきた。そんななかで、読み捨ててしまうのには、とても惜しい文章や、聴き捨ててしまうのには、あまりにももったいない言葉に何度も出会った。

いつの頃からか、そんな文章や言葉に出会うとメモするようにしている。ラジオやテレビの中の言葉、扁額や、掛け軸の文字や、画賛からも拾うようにしているが、決して無理をしているわけではない。ごく自然に任せてメモしているが、わたくしにとっては、珠玉のような名言や名句である。

それらの文章や言葉に接したとき、わたくしは、しばしば立ち止まった。そして、ある時は同感してうなずき、ある時は少し考えさせられ、ある時はそれに触発されて思考を発展させ、ある時は不明確であったものがはっきりと形を整え、またある時は心が洗われるような思いをしたこともあった。中には、はっきり理解はできないが、なんとなく気になる言葉もあった。

しかし、今読み返してみると、なぜこんな言葉を書きとめたかと、疑問に思うものも多い。それは、わたくしがその時より少しばかり成長した証しなのだろうか。わたくし以外の人には平凡で、何の変哲もないものも含まれているが、わたくしには、すべてが意味のあるものばかりである。記録した言葉は、専門家がその専門の分野について述べたものは少ない。例えば日本文化について、その大家が論述した書物には、日本文化についての優れた文章がいっぱい詰まっている。その中から拾う言葉は山ほどあるが、むしろその人の専門外の言葉の中にこそ、含蓄のある言葉が多い。

雑誌や新聞、コラムやパンフレットなど、いつかは処分されてしまうようなものの中からも、素晴らしい言葉が多い。また、わたくしのメモは、その都度スクラップしたものや、書きとめたもので、短い言葉もあれば、長い文章もある。華やかな言葉、いぶし銀のような文章、深い教訓を秘めた箴言(しんげん)、批評精神にみちた警句、31文字、17文字に思いを凝縮させた歌や句等々、歴史に名を残した作家や政治家、哲学者、宗教家、現在活躍している著名な作家や実業家、一芸に秀でた人の言葉には、人間の真理をついているものが多い。

考えてみれば人間一生のうちにめぐりあう人の数は限られている。その中で何等かの意味で、心に残る言葉を聞くことのできる人はそんなに多くはない。読書も同じで、一生のうちで手にとる本の数は知れている。まして心を打つ言葉に出会ったとしても、メモをとらなかったら、大抵はその場限りになってしまう。

ちなみに、わたくしの好きな言葉に「天地人・智仁勇」という言葉がある。日本を代表する企業の社長室に掲額されているもので、「天地人」は、二宮尊徳の「天地人三徳よりて生ず」であり、「智仁勇」は、安宅の関と勧進帳から智恵の限りを尽くす弁慶、知りながら見逃す富樫の仁、弁慶に打たれる勇者義経から引用されたものである。人間は、天と地の恩恵に感謝し、処世は、知恵と仁義と勇気をもって事にあたれば、何事も成就できるという意である。

古今東西の先賢の名言、名句、名文はいつもわたくしに多くの示唆と進むべき道を教えてくれる。