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 人形劇との出逢い

印刷用ページを表示する 掲載日:2003年3月17日

人形劇との出逢い

香川県大内町長 中條弘矩

「まちづくり」という言葉がひところ流行ったが、はやリすたりではなく地方行政にとっては常に向き合う永遠のテーマのはずである。その捉え方にもいろいろあり、福祉や教育、文化、地域経済の活性化などさまざまな観点での取リ組み方がある。

わが町の「まちづくり」は、約13年前、明石大橋と高速道路が実現する予定の西暦2000年頃に照準を合わせて「20世紀最後の10年間に何が必要で、何が出来るか」を議論して創った「おおち新世紀プラン」によっている。その柱となる考え方は、1つが、本格的な高速交通時代を迎えるまでに、立ち遅れている社会基盤を整備しておくこと、2つには、特徴がないと言われる町をどう個性と輝きのある町にするか、ということだった。

前者は、総合公園、工業団地、リゾート開発、港湾建設と埋立事業などの4大プロジェクトと呼んでいるもので、バブルの崩壊と経済の低迷などの試練はあったものの何とか完成することができた。後者については、試行錯誤しながらも手作りでどこにもないオンリーワンを目指そうということで取リ組んできた。どこかの真似をするのではなく、ここだけのものを創っていこうというもので、その1つが人形劇を中心とする児童文化活動である。

わが町で青年たちが人形劇と出会って「レクリェーションと人形劇のカーニバル」という小さな手づくりのイベントを始めたのは、18年前である。当時は、この町の子供たちに人形劇を見せて親子で楽しんでもらおう、とわずかの人数で細々と始まったものである。段々と回を重ねるうちに、全町的な実行委員会を組織して行われるようになり、町とも係わりが生じるようになっていった。

われわれにとっては、縁も馴染みもない人形劇だったが、関わる内に次第にその多様さ、奥深さ、面白さに魅せられていった。何よりも子供たちの無邪気に喜ぶ笑顔にたまらない魅力を感じるようになっていったというのが正直なところである。子供の健やかな成長を願わない親はいない。情操豊かな子供の伸びやかな成長を誰しも願っている。しかし現実は、願いとは裏腹に学校やクラブ、塾や習い事のスケジュールに追われ、又テレビやパソコン、ゲームに忙しい毎日である。親子の対話は心もとない限りである。

そこで考えた。子供にとって最も心安らぐ至福のイメージはどういうものだろうか。それは、母親の胸に抱かれてその温もりを感じつつまどろむときではないのか。次に、繰リ返し聞かされる子守唄や童話、昔話などを聞きながら眠りにつくときではないか。そのようなものに1番近い演劇文化が人形劇だと思うようになった。子供は人形の世界にすぐに入り込み同化する。そのシンプルでピュアな世界を子供たちに本格的に提供する環境があってもいいのではないか、というのが最初の動機、位置づけだった。全国でも数少ない人形劇専用の小さな劇場「とらまる座」が誕生した経緯と言えるだろう。

当時は、各地で文化施設の建設ラッシュの時だった。わが町でも多目的な文化ホールを要望する声が強く、人形劇専用劇場には抵抗が大きかったが、多目的は無目的と同じである。当初の理念に沿った専用劇場に特化したもので行きたいと理解を求めてやってきた。紆余曲折はあったものの次第に全国から高い評価を得るようになり、数々の賞も頂き今ではわが町の顔と言えるものになってきた。

今では地元に数多くのアマチュア劇団も生まれて、人形劇を中心とする児童文化活動がしっかりとこの地に根を下ろしつつあることを感じている。

この「人形劇場とらまる座」と「ミニチュア児遊館」そして今春オープンする「とらまる人形劇ミュージアム」の3施設の管理運営を人形劇団関係者と地元有識者で設立される財団法人に委託することになった。地方の公共施設にとって、子供たちに常に夢を与え、その都度新たな感動や発見をもたらすことは至難なことで、限界と悩みをかかえてきたが、このことによりそれを払拭し、専門家による主体的で自由な発想による意欲的な取組みが可能になると期待されている。

児童文化の振興と人形劇関係者の人材育成、さまざまな試みと情報発信が、小さな地方自治体と人形劇関係者の協働によって実現するという、他に例のない画期的な試みが始まろうとしている。

今春、わが町は近隣2町と合併し「東かがわ市」となるが、その可能性につながっていく1例となればとひとリ思いを膨らませているところである。