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 鶴にこだわったまちづくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2001年10月22日

青森県町村会長 鶴田町長 中野●治(●=「賢」の「貝」の部分が「手」)

『鶴田郷土史』によると「鶴田命名の起源は文字通り鶴に因んだ村名であろう」「西比利亜(しべりあ)から来るに将(は)た南洋から帰るにも丁度よい地位である関係上、昔は群居せしものらしく白鶴、黒鶴を百姓共は捕獲して藩公へ献上せる記事は御日記に相当表われている。」と記されており、鶴田町には昔鶴が飛来していたことを物語っています。

ある日、保育園を訪れたとき、鶴の絵を見せながら園児に鶴を書かせている場面に出会いました。この時、生きた鶴がいたら子供達がどんなに喜ぶことか、鶴にかかわりのある町なのだから「丹頂鶴を飼育しよう」と決意しました。さっそく検討に入り、まず北海道釧路市丹頂鶴自然公園や環境庁に問い合わせたところ、丹頂鶴は特別天然記念物に指定されているため国内移動が禁止されており、思案にくれていたところ、釧路市に隣接する鶴居村で立体の鶴凧でまちおこしをしていることを知りました。

生きた鶴が駄目なら鶴凧を大空高く舞い上げようと、鶴居村から大切にしていた鶴凧1枚と設計図をいただき、「鶴凧の会」を結成し、製作に励み、毎年1月2日の新春と8月15日の夏まつりのとき鶴凧上げ大会を開催しております。空高く舞い上がった鶴凧は、本物そっくりで、丹頂鶴が飛来したような錯覚に陥ります。今では全国で二つしかない同名のよしみで姉妹提携している鹿児島県鶴田町、そして鶴居村と鶴凧上げ大会等で交流をしております。

鶴凧によるまちおこしは成功いたしましたが、生きた鶴に勝るものはありません。時が経つにつれ丹頂鶴飼育の執念が燃え上がり、上京するたびに外務省や通産省に足を運び、色々と情報を集め中国から人工孵化した丹頂鶴であれば誘致が可能であることを知りました。さっそく職員を中国に派遣し、交渉の結果番(つがい)いの丹頂鶴誘致に成功いたしました。

しかし、飼育についてはまったくの素人でしたので釧路市動物園に丹頂の飼育とそれにかかわる職員の養成を1年間お願いいたしましたので、順調に飼育することができました。釧路市には大変お世話になり、紙面をお借りいたしましてお礼申し上げます。

鶴田町は、米とりんごを基幹作目とする農業の町であり、観光地もなく目玉となる特産品もありません。「鶴田町はどんな町ですか」と聞かれたとき返答に困っていました。そこで鶴にこだわり、鶴にちなんだ特産品の開発に取組み、まず最初に鶴田町で穫れた米で清酒「鶴の恩返し」を鶴田町内限定で販売しました。ネーミングが親しみやすくお土産品として大変好評を博しております。

続いてりんごジュースの「鶴の舞里」、スチューベンぶどうでワイン「丹頂のささやき」、ジュース「丹頂の微笑」を発売いたしました。スチューベンは、気候などから鶴田町が最適地で生産量日本一を誇っております。また低農薬米として「鶴の輝き」も発売しております。

鶴へのこだわりで1番の人気は、津軽富士見湖に架けた木橋で、日本一長い300メートルの「鶴の舞橋」であります。自然に配慮し青森県特産のひばを使用しているため、自然に溶け込み、特に新緑の頃は、満々と水を湛えた湖に秀峰岩木山が映り、朝靄にかすむ鶴の舞橋は、幻想的で自然のキャンバスに描いた一幅の墨絵となります。長~い木の橋であることから、この橋を渡ると日本一長生き出来るとPRしております。

日本一の鶴の舞橋ができ、丹頂鶴を誘致してから観光客は毎年30万人を数えるようになりました。建築物や橋の欄干、街路灯などの公共施設に鶴のデザインを施しています。

これからも町民のアイディアを掘り起こし、町全体が鶴のミュージアムタウンになるよう夢見て、鶴にこだわったまちづくりを進めてまいります。