ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 町村長随想 >  古稀の果実

 古稀の果実

印刷用ページを表示する 掲載日:2001年1月8日

古稀の果実

香川県仁尾町長 山地宏

例年の明けましておめでとうの語感とは、新鮮さ、期待感において、遙かに趣を異にする元旦。

21世紀第1歩の新年を迎えた感慨によるものであろう。

自然環境を保全し、すべての人達が住みなれた地で、良き伝統や文化に包まれて、その生涯を通じ、家族や近隣、地域の人達と共に、健康で明るく、苦楽を分かち合いながら、心豊かに安心して暮らせる新世紀であって欲しいと祈らずにはおられない。

巳の年男の私にとって、とりわけ、その想いは大きい。加えて町村週報正月に随想の寄稿をという巡り合わせの幸せ、だが事に及んで文才なきを憂うばかり、そこで自ら切り拓いてきた道、歩みきた道、それらの道から得た果実などの一端を記すこととした。

少年期。身内の集いのたび、よく私の生い立ちが話題とされていた。それは3歳ころ、ジフテリア菌に冒されて、生死をさ迷い、名医にも、も早や施す術なしと宣告されてた。空腹が指さした仏壇の薄皮まんじゅう、どうせ助からぬ命ならばとの母心から、口にし、非常の生命力が、のどの病魔をも一緒に飲み込み、見限られていた命を拾ったという。ために発育は遅れ、子ども時代、背丈順びりの貧弱少年であった。しかも肝心な成長期の中学生時代は、進級ごとに戦況が悪化し続け、学業も生活も、苦難の道であったが、これに耐え抜いて、不屈の精神と体力は、なお更に強くなった。拾った命と過ぎし春秋に懐しい追憶が走る。

閑話休題。

検察庁勤務36年余の道。誠実に職務を遂行した過程で、様々な知識を得、また真実の追究、物事の分析、判断能力などを体得また長年の通勤に伴う健康管理、体力保持の成果が、いきなりの転身にもかかわらず、今日の職責遂行を支える主柱の1つとなっている。

自然景観を保全し、住む男性が、さわやかな笑顔、女性が、にこやかな笑顔、子ども達が、夢多い笑顔の人づくりと豊かな魅力ある町づくり、信頼と協調の町政推進を心掛け、献身努力重ねきた12年余の道。その成果を問われては、なお、じくじたるものがあるが、それは加わる様々な外的要因の多過ぎる事にもある。

国内外の諸情勢の激変、競争経済のすさまじさ、技術革新、深刻化する少子・高齢、家庭機能の低下、価値観の大きな変化、多様な情報の高度化等々に、お互いがほんろうされてきた時代でもあった。

そんな中にあっても、町長として、自治体の姿かたちを代表するにふさわしい知性や品格も備えていなくてはならず、人間として、首長として、今、いかにあるべきか、子孫に対し何をなすべきか、自問自答の歩みを進めている。

さらなる住民参加の新世紀。お互いが人権を尊重し、連帯感や豊かな心、良き地域社会づくりへの意識改革、実践への情熱のない限り、いくら為政に励んでも、善政の実現は容易ではない。

幸い数多くの方々のご指導ご協力、また、自らの努力が報われて、町政の円滑な運営や諸事業の完遂に喜びや満足感格別のときもあれば、他方、敬愛の人、親交深くした人との永遠の惜別に無常の思い。このところ、人生達観の境地にあって、首長としての感慨を色濃くしながら歩んでいる。

顧みて、為政の成果の根源には、物ほどほどに心豊かさこそ肝要、他人は鏡と我を教えた父、そして仏典にいう無財の七施、天心無私を座右の銘に、自己に忠実、ひたすら誠心誠意ことに当たり、毅然として職責を遂行し得た抜群の元気さにあると自負しているが、内助の功以上に支えてくれた家内に、感謝しなければなりますまい。

拾った命、じ来、付録人生は古稀。病歴もなく、また公私にわたり屋外行事が雨に阻害された事もない天気男、これも大きな果実。