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 こよなく愛するわが郷土だから ~人間と自然が共生するまち~

印刷用ページを表示する 掲載日:2000年4月24日

山形県大江町長 上田郁雄

上野のあるフルーツ売り場で私は、ふと立ち止まった。かん高い中年婦人の会話が気にかかった。「今年のリンゴは甘みが少ないね、ふじリンゴ独特の蜜も足りないし、どうしたのかしら」……。売り場には、ふじリンゴがところ狭しと並べられている。

「今年は、春の長雨や夏場の日照不足で思うようにリンゴの玉が伸びず、蜜の入りも不安だ」つい先日、長年ふじリンゴを栽培しているA氏と交わしたこのような会話が頭から離れない。わが町のリンゴの作柄はどうなのか。私の心はふるさとに向いて、足早に改札口へと駆け込んでいた。リンゴ栽培農家の長い間の努力の積み重ねがあって、今日があることを私自身知り尽くしているから、いても立ってもいられない心境だった。大江町は、山形県のほぼ中央部に位置し、小朝日岳を源流とし最上川に合する月布川のほとりに形成された盆地である。古来から両河川の恩恵を受け、稲作を基幹作目とし、果物を組み合わせた複合経営による農業を展開してきた。

昼と夜との寒暖の差が著しい内陸型の気候は、果樹栽培に適している。

川のほとりに形成された町だから、大地を覆うような霧が発生する。この霧がリンゴをはじめ、本町特産の果物の品質と味を高めているというのが専門家の見解である。果実の栽培は、手間がかかる。春の訪れを告げるかのように樹園地では、固雪を「ギュッ、ギュッ」と踏みしめ、心地よい音を立てながら、軽やかなリズムに乗って剪定作業が進められている。環境条件もさることながら幾多の失敗を繰り返しつつ、地道に愛情を込めて取り組んできた成果が「天狗印」の蜜入りリンゴを育ててきたのである。

A氏は口癖のように「昔はリンゴなど病気したときにしか食べることができなかった。今は皮もろくに剥けない子がいる。物質的な豊かさは手に入れることができても、物を大切にする心が失われているような気がしてならない……」と嘆く。

農山村は、その地域の風土を活用して独自の生活・文化を育んで今日に至っている。その中で人間と自然が共生する心理が理解されているところであり、コンピュータなどの情報化が急速に進む現在にあっても、人と人との心の結びつきを強くするのはまさに、農山村の美しい風景の中で培った農耕文化と食文化であると考えている。

農山村地域は、戦後の食料増産時代に山を開墾、原野を水田に転換するなど多大の労力を費やして農業を育んできた。しかし、押し寄せる近代化の波は、生活の質の向上とともに、価値観の変化を生み出すなど、山村部から都市部へ人口が流出する傾向を増大させた。

また、農産物価格の低迷や30年にも及ぶ米の減反施策などにより、農業就業者は大幅に減少し、高齢化している。こうした中で、これまで自然とともに育んできた地域コミュニティが、衰退していくのではないかという不安がある。山間部の一部の農地が遊休化し、山林の荒廃化が目立ってきており、地域の話題から「農」が消えようとしている。

20世紀は生産や所得の向上、利便性と物質的な豊かさを追求するあまり、自然離れが進み、心の豊かさを失い、ともすれば人と人との絆が薄れがちな時代ではなかっただろうか。私たちは、いまこそ真の豊かさを探りながら、これまで先人たちが営々と築きあげてきた薫り高い文化を継承し、美しい自然を保持しつつ、常に時代の要請に応えた新たな施策にチャレンジしていきたいと思う。新しい世紀の幕開けにあたり、未来につなげる「人間と自然が共生するまち」を目指して、町民とともに果敢な取り組みを展開していきたい。