和歌山県那智勝浦町長 堀 順一郎
和歌山県の南東部に位置する那智勝浦町は、面積約183km²、人口約1万3千人で、その8割以上を豊かな森林が占めています。東は黒潮躍る熊野灘の太平洋に面し、西は古座川町や新宮市、北は険しい世界遺産の山々と接しています。昭和30年に勝浦町、那智町、宇久井村、色川村の2町2村が合併し、さらに昭和35年には下里町と太田村を編入して誕生した当町は、日本一の落差を誇る「那智の滝」を背景とする山岳信仰の聖地としての世界遺産、日本一の水揚げ量を誇る「生まぐろ」をはじめとする豊かな海の幸、そして県内に最も多い泉源数を誇る「温泉」を背景に、古来より人々の営みを育んできました。まさに、那智勝浦町は「世界遺産と生まぐろと温泉のまち」であります。
私が生まれ育ったのは、町内の東部に位置する浦神地区です。子どもの頃は、目の前に広がる海で夢中になって遊び、豊かな海の幸を日々の食卓でいただきながら育ちました。こうした海に寄り添う暮らしは、沿岸部に暮らす多くの住民の皆さまにとっての日常そのものであります。しかし、ひとたび自然が牙をむけば、その穏やかな海は大きな脅威へと変わります。南海トラフ巨大地震などのいつ起きてもおかしくない巨大地震や津波から住民の命を守るには、一刻も早く高台へと避難できる環境を整えるほかに道はありません。町長に就任して以来、私は防災インフラの整備や避難道の確保など、命を守る対策を最優先課題として取り組んでまいりました。私たちは「安心と安全のまちづくり」を掲げ、自然の脅威にしっかりと備えを進めることこそが、住民の皆さまの暮らしを守る基盤であると確信しています。
具体的には、沿岸部の避難困難地域における迅速な避難を可能にするため、避難タワーの建設を鋭意進めてまいりました。さらに、災害時における町の司令塔であり、住民の命と暮らしを守る防災拠点としての新庁舎整備に向けた方針の検討を進めるなど、ハード・ソフト両面から強靱なまちづくりに総力を挙げて取り組んでいます。
自然の脅威に向き合う一方で、本町を語る上で欠かせないのが、脈々と受け継がれてきた「世界遺産」と「熊野信仰」の歴史です。平安時代以降、上皇や貴族から庶民に至るまで、「蟻の熊野詣」と称されるほど多くの人々が救いを求めてこの地に足を運びました。那智の滝をご神体とする熊野那智大社や青岸渡寺、そしてそこに至る熊野古道は、今も国内外から多くの旅人を引き寄せる神秘の空間です。さらに、毎年7月14日に行われる「那智の扇祭り」は、60キロもある巨大な大松明を担いだ白装束の男たちが那智の滝へと駆け下る、国の重要無形民俗文化財であり、地域住民の絆と誇りの象徴となっています。
こうした世界遺産の歴史に加え、忘れてならないのが本町の大きな宝である「生まぐろ」をはじめとする豊かな食と「温泉」です。日本一の水揚げ量を誇る生まぐろを心ゆくまで味わい、県内で最も多くの泉源を持つ温泉で旅の疲れを癒やす―。勝浦湾に浮かぶ舟で渡る温泉宿など、どこに行っても豊かな湯が全国から訪れる観光客の心身を癒やし続けています。世界遺産の古道を歩き、生まぐろを味わい、心地よい温泉でくつろぐ。そんな当町ならではの贅沢な時間を、ぜひ多くの方々に体感していただければと願っております。
さらに近年では、明治期の開拓において、那智勝浦町出身者を団長とする開拓団が北海道美瑛町に入植したという深い歴史的縁から友好都市提携を結び、「那智・美瑛火祭」などを通じた文化や観光、人的交流の絆を一層深めています。遠く離れた土地でありながらも強い絆で心を通わせるこうした自治体間連携もまた、私たちの大きな誇りであります。
先人たちが幾多の歴史の中で築き上げてこられた文化や伝統、そして世界に誇る豊かな自然と恵みを次の世代へと引き継ぎ、誰もが安心して暮らせる「住んでみたいまち」「住み続けたいまち」をめざして、これからも全力で町政に取り組んでまいります。