埼玉県三芳町長 林 伊佐雄
「大和は国のまほろば畳なづく青垣山隠れる大和しうるわし」(古事記)
倭建命(やまとたけるのみこと)が望郷の念を込めて詠んだこの歌に出会ったとき、私はそこに、我がふるさと・三芳町に広がる武蔵野の風景を重ね合わせずにはいられませんでした。幾重にも平地林と畑が重なり合う武蔵野地域は、麗しき「まほろば」そのものだったからです。私はこの地で、開拓から続く11代目の農家の長男として生まれました。
少年時代、武蔵野の平地林をこよなく愛し、一人でよく歩きました。武蔵野台地の空は、大きく青く、白い雲が流れ、昇る陽、沈む陽、満天の星々と対話し、遠くそびえる富士や秩父山脈に見守られて生きてきました。平地林は命輝く美しき生き物の宝庫で、春は木々が芽吹き始め、山桜やスミレ、キンランが咲き誇り、夏になると山百合、蝉や蝶、鈴虫やクツワムシがその命をおう歌する。秋は紅葉、冬は白銀の世界が広がっていました。
しかし、高度経済成長とともに都市化の波が当地域に押し寄せ、「まほろば」も少しずつ変わってきました。平地林や屋敷林が失われる度に心が痛みました。当地域の開拓の歴史を学ぶにつれて、この「まほろば」を未来へ継承していくことの必要性を強く感じるようになりました。
世界農業遺産について知ったのは、2012年、淑徳大学で開催された「農と里山シンポジウム」でした。パネリストとして参加し、関係者の皆さまから申請への提言をいただきました。翌年、石川県能登で開催された世界農業遺産国際会議に参加し、その意義と重要性を認識し、認定をめざすことを決意いたしました。世界農業遺産は、国連食糧農業機関(FAO)が、2002年に近代化により失われていく伝統的農法、それに関連する文化、風習、景観と生物多様性に富んだ世界的に重要な地域を次世代に継承し、人類の飢餓と貧困をなくしていくことを目的に創設した制度です。
しかし、認定までの道のりは遠く険しく、10年の歳月を要しました。この間、数えきれないほどの多くの皆さまと出会い、支援をいただき、4度目の挑戦で世界農業遺産に認定されました。
今でも鮮明に覚えているのが、2023年6月に行われた認定の可否を決めるFAOによる現地調査での李先生(中国)の講評です。
「大都市近郊にもかかわらず、360年にわたり、このような伝統的なシステムが保全継承されているのは奇跡である。しかも若手後継者も多く、システムに生命力がある」
その言葉を聞いた瞬間、思わず涙がこぼれました。開拓から360年、農法を守り続けてきた先人たちの情熱と努力が世界で評価され、喜びと感謝の気持ちで一杯になりました。現在、世界で104の地域が認定されていますが、大都市近郊都市農業での認定は当地域が唯一であり、それゆえ多くの課題もあったのです。
世界農業遺産認定証授与式は2025年10月、イタリア・ローマのFAO本部で行われました。三芳町は、サイドイベントとして同時期に世界農業遺産に認定を受けた韓国河東(ハドン)郡と友好都市協定を締結しました。世界的にも先進的な事例であると、FAOからも高く評価されました。
この調印式で、河東郡から私たちへメッセージがありました。
“If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together. ”(早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければ共に行け)
FAOの思想を表すときによく使われるアフリカの諺です。私たちは、世界農業遺産を保全継承し、持続可能な開発に向けて共に取り組み、いつまでも共に歩んでいくことを誓い合いました。
産業革命以降、人類の社会経済活動が拡大の一途をたどり、気候変動や生物多様性の減少など地球が悲鳴を上げ、プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)が迫っていると言われています。また、世界は紛争や分断等により未来が不透明で混沌としています。今、何よりも大切なのは、未来のこどもたちに平和で美しき地球を継承していくことではないでしょうか。「Go together」は、FAOが進める食糧政策のみならず、あらゆる分野において世界が持続可能で平和な社会を実現するうえで、私たちがめざす羅針盤と言えます。