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世界に光る「明日香まるごと博物館」づくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年7月27日更新

奈良県町村会長・明日香村長 森川 裕一奈良県町村会長・明日香村長 森川 裕一

「飛鳥・藤原の宮都」世界文化遺産の登録

 日本国創成の地と言われる明日香村は、1956年に飛鳥村、高市村、阪合村の三村が合併して明日香村になって以来、今、大きな変化の節目を迎えています。奈良県、橿原市、桜井市とともに世界遺産登録を進めてきた「飛鳥・藤原の宮都」が、今年7月に韓国で開催される世界遺産委員会で登録の審議をされる予定になっています。

 私たちの世界遺産登録への想いは、「日本の若者や世界中からの来訪者に、日本の歴史・文化・農山村を体感していただける場所として、明日香村を再構築するんだ。」というところにあります。日本各地で取り組まれていることですが、飛鳥だからこそ、日本国の創成の過程や自然と共生し続けてきた日本人の姿をより具体的に感じていただけると思っています。

 そのために、先ずは「日本国創成のとき~飛鳥を翔(かけ)た女性たち(2015認定)」などの三つの日本遺産(文化庁所管)の指定をいただいたり、昨年はUN Tourismから、明日香村をBTV(持続可能性を尊重する観光地、世界236カ所、国内12カ所(2025年))に認定されました。これらに加え、世界遺産登録により“世界に光り、飛鳥が賑わい、村人も誇れる”と考えています。

飛鳥に生きる決意

 私は、転勤族の両親に連れられ、西日本の各地で幼稚園を2園、小学校を4校通いました。中学生になり、奈良県に落ち着き、以来奈良市、生駒市などの歴史と自然溢れる住宅地で暮らして、住みやすい大都市郊外部での生活に満足して、両親が戻って暮らしていた実家のある“古里 明日香”は、盆や正月、そしてとても心が疲れたときに帰る“鄙の地”といった感じでした。

 明日香村では、大阪都市圏の外縁部に位置しながらも、飛鳥時代の解明に向けて埋蔵文化財の発掘調査が長きにわたって進められていて、高松塚古墳壁画が発見(1972年)された頃からは、国や県、明日香を愛する方々による村民生活へのご支援も進むなか、明日香の昭和の農村生活、農村景観が守られてきました。しかし、明日香村で育った若い世代は飛鳥の地を去り、去れない者は家庭に閉じこもり、本村でも急速に少子高齢化が進展していく様を、奈良県庁で都市計画や道づくり街づくりを担当しながら残念に感じていました。

明日香まるごと博物館づくり

 明日香村は、1980年以降「明日香村特別措置法」が施行され、これにより、都市開発は抑制され、瓦葺きの農村景観が保全されてきた特異な村です。今、明日香村では、村を訪れた方々が昭和の名残のある農村景観と日本国創成の遺跡を肌で感じていただけるよう、村全体を屋根のない博物館にみたてる“明日香まるごと博物館づくり”に取り組んでいます。

誇りと満足感を持って、飛鳥で暮らし営むための三つの取組

 一つ目は“教育”です。
目標としては、自立した社会人づくりです。
具体的には、幼稚園・小中学校での12年間一貫した明日香学の推進と幼稚園をこども園へと整備を進めることです。

 二つ目は“トータルケアステーションづくり”を本格的に進めることです。
安心と誇りを持って最期の時まで過ごすことができる仕組みを構築していきます。

 三つ目は世界遺産登録を機に、“にぎわいの街づくり”を加速していくことです。
グリーンスローモビリティによる歴史ガイドの充実や、星のや飛鳥の開業を控えるなど、盛り上がりを見せています。

いつか“飛鳥を歴史文化首都へ”

 私の座右の銘は「無用の用」です。時に無用に思える交流や知識、空間が、いつかなくてはならない物に飛躍することを信じて、これからも村づくりを続けます。

※追記
令和8年7月26日(日)、「飛鳥・藤原の宮都」の世界遺産一覧表への記載が決定しました!