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新たな感動とつながり 持続可能なまちづくりに向けて

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年4月13日更新

岐阜県北方町長 戸部 哲哉岐阜県北方町長 戸部 哲哉
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 ​北方町は岐阜県の南西部、濃尾平野の北端に位置し、東に岐阜市、北西に本巣市、南に瑞穂市へと隣接しています。町域は東西1.85km、南北4.2km、面積は5.18km²と、南北に細長い形状となっています。行政面積は県内では1番、全国の市区町村でも9番目に小さく、中部国際空港(セントレア)とほぼ同じ大きさしかありません。しかし、令和7年12月末現在の人口は18,551人と、県内一人口密度が高い町でもあります。町内には一級河川の天王川、糸貫川と普通河川の長谷川などが南北に流れており、大きな山や谷もなく、町内ほぼすべてが平坦な地形となっています。

 また、北方町は、民間調査機関が発表している「街の住みここちランキング」において、6年連続で岐阜県内1位に輝いています。最近では、生活利便性が高い、住みよい街としての評価が定着しており、県内ほとんどの市町村が人口減少問題に悩む中、北方町の人口は現状維持で推移しています。

 歴史を紐解くと、本町は、明治22年の町村制実施に伴い北方町としてスタートして以来、約140年が経過しています。古き伝統や歴史に育まれた文化の町でもあり、弘法太子が西暦811年に創建した名刹「円鏡寺」には、木造聖観音立像や木造不動明王立像、楼門など貴重な文化財が数多く残され、これらは、国の重要文化財に指定されています。安土・桃山時代には織田、豊臣、徳川も篤く信仰を寄せ、その繁栄ぶりと数々の所蔵品から「美濃の正倉院」とも呼ばれました。これらの古きよき伝統や文化を守りながら、近代では、土地区画整理事業及び土地改良事業により土地の形態や、生活の根幹となるライフライン(上下水道)及び都市計画道路・公園等を整備するとともに、教育や社会福祉をはじめとする住民の住環境の整備を積極的に推進してきています。

 交通の面では、狭い町内に6系統ものバス路線が張り巡らされており、岐阜市中心部まで20分、名古屋市へも60分程度で到達することができます。また、昨年には東海環状自動車道の西回りルートが開通し、高速道路網へのアクセスがさらに向上しています。このように恵まれた立地条件により、名古屋市をはじめとする中京圏域における優良な住宅都市として、今後ますますの発展が見込まれるところです。

 さて、折しも当町では、令和7年3月に、今後8年間の行政指針となる第8次総合計画を策定したところです。本町はこれまで、社会環境の変化や地域課題に対応しながら、住民参加型のまちづくりを進めてきました。しかし現在は、高齢化や核家族化により、ひとり暮らしの高齢者や子育て家庭等、支援が必要な方が増加していることから、今後は住民同士のつながりがより一層求められます。また、持続可能なまちづくりを行っていくうえでは、これまでの施策方針を継承しつつ、住民と行政がそれぞれの役割を担い、協働していくことが重要です。

 そのため、住民と行政、住民同士のつながりをより強固なものとし、人や地域、歴史や文化等が将来に向けてより磨かれていくよう、本町の将来像を「新たな感動とつながり 未来輝く北方」と定め、より一層魅力のあるまちづくりを進めてまいります。そして、具体的には「安全・安心で誰もが暮らしやすいまち」、「歴史・伝統と利便性が調和するすみやすいまち」、「持続可能な未来に向けたつながりのあるまち」という3点を、まちづくりの基本姿勢として掲げています。

 ただし、残念ながら、全国的にも、東海エリアにおいても、今後、人口減少に向かっていく大きな流れは、避けようがない現実です。所詮、近隣市町の間で人口の獲得競争を繰り広げたとしても、結局のところ、地域全体としての経済の縮小や、地域コミュニティの衰退は免れません。大切なことは、そのような不都合な事実もしっかりと現実問題として受け止め、真に実現可能なまちづくり施策として反映させていくことです。最近、SNS上には、根拠も曖昧なまま、十分な検証もないままの、自分勝手な主義主張が満ち溢れています。人間誰しも、不都合な情報からは目を背け、美辞麗句を並べがちですが、簡単に情報が手に入る今だからこそ、たとえ地味でも、地に足の着いた行政運営を心掛けていきたいと思っています。