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夢に向かって一歩ずつ前へ

印刷用ページを表示する 掲載日:2025年12月15日更新

宮城県大和町長 浅野 俊彦宮城県大和町長 浅野 俊彦​​

​ 大和町は宮城県のど真ん中、仙台市中心市街地から北へ約20kmの位置にあり、蝶が羽を広げたような形をしています。東西には吉田川、南北には国道4号と東北自動車道が走り、大和ICも設置されています。さらに仙台市とつながるもう一つの大動脈として、都市計画道路北四番丁大衡線の整備も順調に進んでいます。また、昭和62年に完成した南川ダム、平成10年完成の宮床ダムもあり水源の町でもあります。

 昭和30年に1町4村が「大きな和の町」をめざして大和町が誕生し、今年度で町制施行70周年を迎えました。今日では宮城県下第2位の工業事業所製造品出荷額等を誇る町として発展し、さらに多様な企業に選ばれる町へと、用途地域の拡大や流通・周辺環境の整備に取り組んでいます。

 七ツ森と船形山、吉田川がつくりだす豊かな自然環境、美しい田園風景は多くの人々をひきつけ、心の安らぎをもたらす「まほろば」そのものです。

 私は、伝えられた歴史・文化を大切に、子どもたちが多様な価値観を理解し世界とつながる視点を育めるよう、また職住が近接した豊かな町、そして高齢者が健やかで楽しく日々を過ごせる町をつくっていきたいと考えます。これからも「人が中心」の温かな町をめざして、町民の皆さんや、大和町に関わってくださる人々と手を携えて、確かな未来へ、ともに進んでまいります。

 現在の大和町の発展した姿は、国や宮城県とともに進めてきた工業団地開発が大きな原動力となっております。

 町の北東部には「第一仙台北部中核工場団地」があり、トヨタ自動車東日本株式会社をはじめとする自動車関連産業や物流業など、多様な企業が多く立地しています。その南には「大和流通・工業団地」があり、ハイブリッド車専用電池で世界一のシェアを誇るトヨタバッテリー株式会社や工業団地群の流通を支える物流企業が立地しています。東北自動車道の大和ICに近接する「大和インター周辺流通団地」にも物流業を中心としたさまざまな企業が立地しています。南西部の「大和リサーチパーク」には日本のエレクトロニクス分野のパイオニアである東京エレクトロン宮城株式会社を中心に、高度先端技術産業が集積しています。大和町の豊かな自然は、先端技術産業に必要不可欠なきれいな水と空気、そして豊かな作物を提供しながら、転入された従業員の方々にとって心安らぐ生活の場として魅力を感じていただいていると感じております。

 さて私が生まれたのは、アポロ11号が月面着陸し、人類史上初めて月面への一歩を踏み出した昭和44年で、高度経済成長、超円高、平成バブルと良き時代に育つと同時に、バブル崩壊等の急降下する経済下にも直面いたしました。幼少期から思春期は、大量生産、大量消費時代で、「あれがほしい、これがほしい、あそこへ行きたい、次はここへ行ってみたい」など、そう思えばある程度願いがかなう恵まれた時代で、意識せずとも成功体験を積み重ねられ、失敗してもやり直せる環境にありました。大人になったら、こんな仕事がしてみたい、こんな会社で働きたいなど、さまざまな夢を描き、挑戦できる良き時代であったと感謝しています。

 人はいくつになっても夢を持ち、実現に向かって挑戦することが生きがいにつながると考えます。幕末の思想家吉田松陰氏は「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。」と、また「失敗しないことは自慢にはならない。何もやっていないということですから」と説いており、私の好きな言葉であり、いつも目に入る場所へ掲げています。

 バブル最後の平成4年に会社員になり、社会経験を積んだ後、現在の職に就かせていただいています。少子高齢化、人口減少という経験したことのない環境の下、答えは見えませんが、変化を捉え失敗を恐れずに、誰もが夢を描き挑戦を続けられる社会をつくっていきたいと私は考えます。

 次世代を担う若者たちには、何事も自分事として失敗を恐れず、失敗から学ぶ勇気と、向上心を持って前を向いて歩んでほしいと願っています。