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おたいしさん

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年4月17日

大阪府太子町長 田中 祐二大阪府太子町長  田中 祐二​​

「おたいしさんがおるから、ここら辺は守られてるよね」などと地元住民が今でも親しみを込めてそう呼ぶ、町名の由来でもある聖徳太子が眠るまちが太子町です。令和3年には没後1400年ということで、聖徳太子御廟のある叡福寺で大規模な法要が行われました。金剛峯寺・延暦寺・両本願寺など各宗派の本山が多数参加され、改めて聖徳太子の仏教普及への貢献の大きさを知ることとなりました。その他さまざまな記念事業が行われましたが、中でも聖徳太子没後1400年記念実行委員会が中心となって近鉄・上ノ太子駅前に建立された聖徳太子像は多くの住民の寄附により実現に至りました。まさに太子町民のシビックプライドの表れで、次の百年にむけたシンボルとなっています。聖徳太子の事績はさまざまありますが、作家の故堺屋太一氏は、聖徳太子が旧教の神道を否定することなく仏教との習合思想を考え出し、そのことが日本においての大きな宗教戦争がないことにつながり、さらに「ええとこどり」の気風が日本に定着したと書かれています。まさに和の精神とともに現代を生きる我々にも影響を与えていると言えます。

太子町は、大阪府の東南部に位置し万葉集にも詠まれた二上山を境に奈良県と隣接し、面積14・17㎢、人口約1万3、000人のコンパクトな町です。町内には多くの古墳が存在し、特に敏達・用明・推古・孝徳天皇陵と聖徳太子御廟を合わせた5つの古墳は、梅の花びらに似た配置となっていることから「梅鉢御陵」と呼ばれています。また、平成29年に日本遺産に登録された最古の官道・竹内街道が町内を縦断しており、当時の情景に思いを馳せながら歴史を肌で感じることができます。主な産業は農業ですが、昔からみかんとぶどうの栽培が盛んで、10・11月には西日本最大級の「上の太子観光みかん園」に多くの来園者が訪れます。ぶどうは、皮ごと食べられるシャインマスカットが大人気で、直販所は連日行列ができるほどの賑わいを見せています。依然として農家の後継者不足という課題もあるものの、近年は新規の就農者が増えており、引き続き近親者だけに頼らない事業継承の推進が重要と考えています。また、二上山は初心者でも気軽に登れる山として人気があり、今年の元旦には初日の出を観ようという人で早朝から山頂が溢れかえりました。このように歴史遺産と自然に恵まれたところでありながら、電車に乗れば約30分で、日本一の高さを誇る超高層複合ビル「あべのハルカス」へ行くことができるように、大阪市内へのアクセスも良く、私自身は子育てに本当に適したところだと思っています。

太子町では笑顔溢れる活気のある町を目指しており、公民連携デスクを立ち上げ、企業や大学など多様な主体と連携したまちづくりを進めています。主な取組として、インターネットテレビ「太子TV」の放映、太子町産みかんを使用した飲料水の開発、打ち上げ花火の実施、健康講座、暮らしの便利帳の作成、高齢者の見守り、サイクルツーリズム、プロサッカー選手によるスポーツ教室、プロサッカー観戦などがあります。その公民連携の取組の一環として、積極的に企業や事業者を訪問し、新たなふるさと納税の返礼品の発掘を行ったことにより、令和3年度には前年度の約82倍の1億1千万円、さらに令和4年度も12月末時点で、すでに前年度の3倍を超える寄附を全国から頂いております。小さな町にとってありがたい貴重な財源であり、子育て支援等で有効に活用したいと考えています。

年中行事の主なものとして、4月には叡福寺で大乗会式と聖燈会が行われ、7月の「山田だんじり祭り」では、江戸時代に造られた大変珍しい舟形地車が今も曳航されています。8月には各町内会で地蔵盆が行われ、10月には竹内街道灯路祭りが開催されます。いずれもコロナ禍の影響でここ数年開催されてないものもありますが、今年は以前のような賑わいが戻ることを祈っています。

さらに、昨年は町中が大いに盛り上がった出来事がありました。本町出身で町PR大使に就任頂いている、サッカーの前田大然選手が昨年末のFIFAワールドカップカタール大会で日本代表として大活躍されたことです。万葉ホールでパブリックビューイングを実施して、ご両親とともに応援し勇気と感動を頂きました。


町の活性化にはやはり人との出会いが欠かせません。今後「おたいしさん」がどんなお導きをして頂けるか大いに楽しみです。​