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バクシーを走らせる

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年12月19日

陶山清孝鳥取県南部町長 陶山 清孝
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バクシーとは、バスとタクシーを掛け合わせたAIデマンドバスをさす造語です。町営バスの改変プロジェクト会議の中で職員が発した「バスよりも便利でタクシーよりも安い。名前はバクシーでどうでしょう」という一言から生まれました。

地方部にとって公共交通は生活の足として重要ですが、一方で長年生活に馴染んだマイカーを高齢者が手放せない課題があります。AIデマンドバスは取り立てて珍しい施策ではありませんが、悪戦苦闘の経過を紹介したいと思います。南部町は、鳥取県の西部に位置し、北に商都米子市、西に島根県安来市に接する人口10、300人の町です。平成16年10月に2町が合併し誕生しました。この合併を契機に、人口の75%を占める北部地域に町営の循環バスを走らせたことがバクシーの原点です。

空気を運ぶ公共交通

平成25年、ちょうど合併から10年近くが経とうとした時期に、町内唯一のタクシー事業者が撤退しました。さらに、平成30年には鳥取県西部バス路線改変によって、南部町の約25%が暮らす南側の路線バスが廃止され、これを機に定時定路線型の町営デマンド交通が導入されました。デマンド交通とは、利用者が必要な時に電話予約をする交通システムです。

さて、合併を機に始まった町営バスですが、利用者は減少の一途をたどっていきました。この「空気を運ぶバス」と呼ばれた町営バスの改変プロジェクトとして、令和3年7月から区域運行型のデマンド交通をスタートさせました。区域運行型とは、バスの時刻表はありますが定路線にしばられずに、最短距離で運行ができるメリットがあります。私たちは大きな期待を持ってスタートしましたが、逆に4割も利用者が減るという惨憺たる結果でした。一番大きな原因は、利用範囲を増やしたことで、結果として便数が減少したことです。さらに、当初から心配をしていましたが、電話予約した上にバス停で待つことを予想以上に嫌われた点にありました。

使いたくなる公共交通へ

タクシーのようにバスが迎えに来るという発想から、不十分な点は多いながらもAIデマンドバス「バクシー」という選択をしました。ターゲットとした利用者はその多くが高齢者であり、スマホへの対応が必要ですので、昨年度から新設したデジタル推進課が町内各地でスマホ教室を展開し、大変好評をいただいています。講師陣には高校生をはじめ若い世代の皆さまになっていただき世代間の交流も生まれてきました。町営バスという課題を通じて、緩やかなつながりで支え合う、新しい関係性が生まれています。日々の暮らしの中でちょっとだけ幸福感を感じる、信頼に基づいた社会的な交流の重要性を若者や高齢者から教わった気がしています。

令和4年10月からいよいよ「バクシー」が運行を始めました。町営バスはスクールバスも兼ねていることから、午前9時から午後3時までの間、指定の乗車ポイントにバスが向かう仕組みです。乗降ポイントはこれまでのバス停115箇所から190箇所に増設しました。将来は自治会の班単位まで広げ乗降ポイント500箇所を目指しています。電話予約もこれまで同様に可能ですが、予めスマホアプリで利用者を登録することにより個人の行動をパターン化できるなど、今のところバクシーは好調なスタートを切っています。

住み続けられる町を目指して

日本人の寿命は伸び、80歳代はまだまだ現役、当たり前に人生100年時代が訪れようとしています。同時に核家族化が進み、高齢世帯も増加の一途をたどっており、住み慣れた地域で自分らしく暮らし続ける上で、日々の医療や買い物などの交通手段の確保は今後ますます重要な課題になってきます。ピンチは現状打破、イノベーションのチャンスにつながります。

「バスよりも便利でタクシーよりも安い」バクシーをさらに進化させ、ここに暮らす人々が、自らの健康や暮らし、そして人生を前向きに捉え自らの生き様にちょっと自信を持つ。そんなまちづくりを進めていければと願っています。