愛知県東栄町長 村上 孝治
東栄町は、愛知県の北東部、静岡県との県境に位置し、総面積一二三・三八㎢のうち約九一%が山林で占められている町です。
わが町は中山間地に位置し、少子高齢化と人口減少が続く過疎地域です。とりわけ若い世代の新たな定住確保が喫緊の課題であり、定住のための住環境を整えることはもちろん、東栄町の魅力を高めるとともに、多様な交流を通じて町を理解していただき、好感をもってもらう取組を進めています。
雄大な自然に抱かれる東栄町は、「民俗文化の宝庫」としてもよく知られています。大正から昭和にかけては、折口信夫ら著名な民俗学者も訪れています。その中でも代表的なものは、毎年十一月から三月にかけて開催される「花祭」です。鎌倉・室町時代から伝承されてきたといわれる神事芸能で、国の重要無形民俗文化財に指定されています。「てーほへ、てほへ」の掛け声とともに夜通し奉納される舞を一目見ようと、全国から多くの方が訪れ、地域住民と一体となって祭りに参加します。「あんたどこから来ただん、一緒に舞わんかん。」と地域の人が訪れる客を温かく迎え入れる大らかな文化が、祭りと共に深く根付いています。この「ウェルカムな文化」が若い人たちの移住・定住へとつながり、これまでとは違う顔を生み出しています。
周囲を山々に囲まれ、空気の澄んだこの町は、昭和六十二年に環境庁(現環境省)から「星空の街」に選定されるほど、全国屈指の満点の星が望める町でもあります。標高七〇〇mに位置する天文学習施設「スターフォーレスト御園」には、毎年美しい星空を求めて多くの方が訪れます。
また、一〇〇〇m級の山々から流れ出る大千瀬川などの清流では、夏には鮎釣りが盛んに行われます。ここで生育した鮎は「振草川の鮎」として、二〇一七年に開催された「第二十回清流めぐり利き鮎会」でグランプリを獲得しました。「清流の町」としても全国へ発信しています。
そして今、新たに「世界中に美を届ける町」として活動を始めています。本町には「美」にまつわるたくさんの資源があります。美しい自然、医療効果が期待できる天然療養泉(とうえい温泉)、体を整えるハーブや若どりなどの食材。その中でも特筆すべきは、国内屈指の良質な「セリサイト(絹雲母)」の産地であるということです。ファンデーションなどの化粧品の原料として、国内はもちろん世界中の大手化粧品メーカーから採用されています。
そんなセリサイトを活用して、「美の町」で手作りコスメティックと鉱山体験を楽しむ、「naori(なおり)」ブランドを立ち上げ、ビューティーツーリズムを展開しています。
その他、UIターン者への奨励金交付や住宅支援など、様々な取組も行っています。その際、最も大切にしているのは、「定住者本人の意思を尊重する」ということです。定住促進空き家活用住宅事業では、改修の設計段階から関わってもらい意見を取り入れることとしています。その理由は「この町で心地よく暮らしてもらいたい。町の活気はそこにある」と思うからです。
また、この町に地域おこし協力隊として移住した「燈栄隊」のメンバーには、本人の目標の実現に向けてサポートしています。その結果、定住を決意し、町内で起業に挑戦しているメンバーも出てきています。
他の土地で育ったからこそ見える東栄町の魅力を発見・発信し、若い力を結集する。そんな移住者達を導く大先輩として、この町に拠点を構えて二十八年目になるプロの和太鼓集団「志多ら」とNPO法人「てほへ」の存在も、彼らを支えています。
こうした様々な移住の形が、新たな移住を呼んでいるのがこの町のスタイルです。
「東栄町は、若い世代が自分らしく暮らせる町」との声が聞こえてくるよう、地域資源を活用しながら、住民の知恵と力を生かして、今後も協働・共助のまちづくりを進めてまいりたいと思っています。
私も町に戻り役場職員となって約四十年、今の職にあるから言うのではなく、故郷を思って帰ってきてくれる子ども達、そして、この町を選んで来てくれる人達に感謝しながら、今後も引き続き「町民主役のまちづくり」を進め、ふるさと東栄のすばらしさを実感していただけるよう努めてまいります。