東京大学名誉教授 西川 治 (第2283号・平成11年8月23日)
ふるさとの方言は懐かしい。痴呆症老人の気力回復にも効き目がありそうだ。言葉は民族や地域共同体の連帯感の強い絆であるし、豊富な語彙や多様な方言は、その国語の貴重な財産であり、地方文化の多彩な展開の培養土である。それにも拘らず、近代国民国家の確立のために、標準語、共通語が強制された結果、地域語の蔑視や方言コンプレックスも生まれた。
しかし、共通語に翻訳不可能な味のある言葉も各地に多々残っている。たとえば、ヤバツイ(水にぬれた不快な感じ、東北地方)、ツル(2人で持ち上げる、中部地方)、ウバル(はれものが圧迫されたように痛む、中国地方)(平凡社大百科辞典13巻、782頁)。など。
こうしたニュアンスに富む方言や大和言葉をもっと多く共通語化して、日本語の表現力、日本文化の幅や奥行を深めたいものである。
地方分権一括法の成立は、方言の復権にとっても1つの好契機である。本法によって市町村合併にも弾みがつくと思われる。そのさい、中核市や特別市などを中心とする広域生活圏のみならず、行政区域やコミュニティ区の再編成にあたり、方言、民俗、慣行などの共通性がよく保たれている文化的共感地域も、十分考慮されるべきであろう。
わが国立国語研究所は、1957年から9か年かけて全国2,400地点で専門家たちによる多数の方言調査を実施、その成果は三百余面の分布図を集めた『日本方言地図』全六冊として出版された。これは世界的にも誇れる偉業である。徳川宗賢編『日本の方言地図』(中公新書533)はその優れた解説書である。
それによると、たとえば「かたぐるま」には実に466種の異称があるという。重さはたった180グラム弱のポケット判で、広辞苑ほか、英和・和英・漢和辞典まで利用できる電子辞書が現れた。同じように簡便な「日本方言電子辞典」の利用も決して夢ではない昨今である。