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水俣病の60年

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年7月4日

水俣病の60年

ジャーナリスト 松本 克夫 (第2965号・平成28年7月4日)

水俣病公式確認から60年を迎えた今年5月、熊本県芦北町の漁師である緒方正人さんからこんな話を聞いた。水俣病で犠牲になった人たちは、「毒を引き取っていった人たち」と思えるようになったというのである。 緒方さんは父親を水俣病で失い、かつては未認定患者運動のリーダーを務めた。その後、運動から離れ、水俣病事件とは何かを独りで問い続けてきた。その到達点がこれである。

人間も生き物の世界の一員だが、その世界の約束事を破って、海にメチル水銀という毒を流した。直接の加害者はチッソという会社だが、 チッソの製品を含め近代文明の恩恵に浴している点では皆が「共犯関係」にあるともいえる。だから、人間の罪といった方がいい。水俣病の犠牲者は、 その責任を引き受けて毒を引き取ったのであり、「生類の責任の取り方として、これ以上のものはない」と緒方さんは考える。人より先に毒に侵されて死んだ鳥や猫も同じだという。

犠牲者が毒を引き取ってくれた生き物の世界を裁き手にすると、裁かれるのはチッソや国というより、人間であり、近代文明そのものになる。生き物の世界に毒を流さなければならなかった近代文明の原罪とは何か、 生き物の世界を汚さない文明のあり方は考えられるのか、どうしたらそこにたどり着けるのか。そうした難しい問いに行き着く。 それは『苦海浄土』の著者である石牟礼道子さんが求めてきた「もうひとつのこの世」とも重なる。

水俣病の60年は、表面的には、誰が水俣病患者であり、その補償はどうすべきかを巡る対立抗争に費やされた。しかし、本来、補償で片付く問題ではない。豊かな海が戻り、 四分五裂した人々の間で「もやい直し」が成り、人の心から恨みと憎しみが消えない限り地域の再生はない。一時は親の仇を討とうと怒りに燃えていた一漁師が、今や恨みを消し去り、 一緒に生き物の世界から文明のあり方を問おうと呼びかけている。加害者と被害者の対立を超える道筋が見えてきた。60年の歳月は無駄ではなかったと思えてくる。