NHK国際放送局長 今井 義典(第2491号・平成16年8月30日)
スイスが最初に日本に関心を示したのは、ちょうど150年前のことだ。「日本開国」のニュースを伝え聞いた時計製造業組合が、時計売り込みの使節を送ることを決議したという。
それから程なくスイス政府の外交使節が横浜に事務所を開いたというから、その動きの素早さといったらない。アルプスの山懐にあって、海を持たない小国がよくもそこまで世界に目を見開いていたものだと感心する。世界中にアンテナを張り巡らし、進取の精神を持ち続けてきたことが、一時は衰退しかけた時計産業が年間3千万個もの腕時計を世界に輸出するまで復興した原動力につながっている。
スイス東部のサンガレンでは、この「世界に目を見開いた」よき伝統を若者たちが実践している。この町は7世紀に開かれ、中世以来の荘厳な図書館とスイスレースとして今も残る繊維産業が歴史を物語る。5月ともなればこの町の大学に、世界中から学生と社会人が集まる。「サンガレン国際学生会議」だ。
まず前の年の秋に世界中の大学や学生組織に呼びかけて論文を募集、その中から優れた「若者」を2百人選ぶ。ほぼ同数の世界中の「おとな」もゲストスピーカーとして招待される。そこに地元スイスの学生や経済人も交じって、4日間にわたって老若男女が世界を論じ人生を語りあう。会議を運営するのは毎年30人ほどの学生でつくる実行委員会で、招待学生の選抜やゲスト社会人の依頼や旅の手配、大学内の会場設営まで全部手作りだ。必要な資金は実行委員会のメンバーが自ら企業を回って協力を仰ぐのだが、参加者のスイスまでの航空券や送迎用の車など現物給付もある。スイスの企業社会が学生の手作りの国際交流を支える力になっている。
1968年世界中を席巻した大学紛争を契機に、学生たちが「対話」の道を求めてめたこの会議も来年で35年、この会議から巣立っていった若者たちがいまや世界の最前線で活躍している。ことし日本からの招待学生は14人だが主力は海外からの留学生、日本の若者のパワーの爆発に期待したい。