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「いる」からはじまる地域づくり

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年8月17日更新

法政大学現代福祉学部教授 図司 直也(第3369号 令和8年8月17日)

 地方創生ver.2.0では、地方イノベーション創生構想の推進が掲げられ、そこでは、地域の「産官学金労言士/師」が連携し、施策や技術の新結合がうたわれる。ただ、先の10年間の総括では、その効果検証には踏み込んでおらず、上滑りの感も拭えない。

 改めてそのあり方を考えていた折に、学部授業の「ソーシャルイノベーション論」を聴講した。その日の講義は、木村石鹸工業株式会社の4代目社長・木村祥一郎さんをお迎えしていた。

 大阪・八尾市にある小さな石けんメーカー「木村石鹸工業」は、1924年創業の100年企業だが、正直すぎる自社ブランドづくりや、「自己申告型給与制度」をはじめ、現場の最前線に立つ1人1人が自ら考えて対応できる、自律型の組織を生み出す経営姿勢が注目されている。

 事前に木村社長の著書を読んで、『「beingの価値」が会社を強くする』というフレーズが印象に残っていた。組織には、その人がいるだけで場の雰囲気が和んだり、心理的安全性を高めることがある。そんな人には誰でも気軽に相談できるので、組織の問題やトラブルに早く気付ける。結果としてスムーズに仕事ができて、離職率も下がる。「beingの価値」をないがしろにすると、少しずつ歪みを生んで、周囲のパフォーマンス(doingの価値)を下げてしまう、とあった。

 講義では、木村社長は「いる」と「する」の違いを語っていた。会社や組織は、とかく目的から入り、「する」戦略を組み立て、それを人に落とし込む。そして、できた・できなかったの判断や評価をしがちだ。対して、自分は、まず人がいることを大事にする。その関係性、ネットワークの質を高めることで、会社の戦術が自ずと決まっていくものと信じている。「いる」→「なる」→「する」という順番で、社員のパフォーマンスが高まるように場を設えているという。

 地域づくりの主体を巡る議論でも、地域で暮らす人々や地域と関わりのある人々の全体を「広義の人材」と捉え、個々人の自立性や主体性を尊重しつつ、地域に関わる気持ちを高めていくことの大事さが指摘されている。その点で、木村社長の発想は、地域づくりとも重なり合う。地域の課題解決に向けて「する」ことばかりだが、まず、地域に人々が「いる」ところから立ち上がり、その人材が広く活かされる場を育んでいく現場起点の発想こそ、今の地方創生に求められている。