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52年ぶりに汽笛がこだました日

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年7月27日更新

フリーアナウンサー 青山 佳世(第3367号 令和8年7月27日)

 「52年ぶりに会津鉄道にSLが走る風景を見るとは思わなかった」「母に一目見せてあげたくて連れてきました」「学生時代、SLで通ったのよ」鉄道ファンはもちろんですが、地元の皆さんの見送る表情、手を振る姿に胸が熱くなりました。

 この日、福島ディスティネーションキャンペーンの一環で、会津鉄道に52年ぶりにSLが走るということで会津は大いに盛り上がりました。SL大樹土津(はにつ)という名の特別な観光列車は高額なツアーでなければ乗車できないこともあり、私たちの多くは駅や沿線からその雄姿を見送るしかありませんでした。しかし、乗客だけでなく、沿線の人々までもがその運行を楽しみ、見守ったことにこそ、この列車運行の価値があったように思います。

 東武鉄道、野岩鉄道、会津鉄道、東日本旅客鉄道の4社の線路を走るということ自体難しい挑戦でした。給水塔ではなく、水タンクからホースで給水するなど、線路はつながっていても、52年ぶりのSL運行実現は容易ではありませんでした。いったい何人の方々がこの日のために尽力されたことでしょう。

 「こんなに大勢の人は初めて、こんな超満員の普通列車も初めてだ」と会津鉄道の運転士さん。運行に関わる皆さんは、大変というよりどこか楽しそうです。

 この多くの熱い思いで会津を走ったSLは観光振興のみならず、郷愁を感じる機会としても、極めて大きな意義があったように思います。

 最近各地にお伺いする時には、意識してローカル線に乗るようにしています。車の移動は効率的である反面、あっという間に通り過ぎてしまい、町の位置関係が印象に残らないことがあります。

 一方鉄道は上り坂下り坂の地形なども実感として分かってきます。山深い地に線路を引いて列車を走らせることがいかに大変だったか、先人たちの鉄道技術、成し遂げた情熱、地域とのつながり、さまざまなシーンが思い起こされます。

 利用の少ない路線の廃駅や廃線の話題も耳にしますが、鉄道を地域の足、移動手段としてだけでなく、歴史的な鉄道文化、鉄道遺産としての意義を後世に残したいという熱い思いを結集した明るい話題も聞こえてきます。

 災害で鉄道が被災した時が大きなターニングポイントになることが多いですが、人口減少、利用者減少の中、コストをかけてでも鉄道の運行継続を願い、その歴史と価値を再認識する人々の姿や、沿線住民が一体となって鉄道を支える姿を見ると、ついエールを送りたくなります。

 令和2年の豪雨災害で甚大な被害のため運休していたくま川鉄道は、今年9月20日に全線運行を再開します。

 沿線の皆さんが待ちわびるその日に向け、鉄道会社は安全運行の準備を進めています。また、沿線では応援団を中心に再開への機運が高まっています。地元の人も旅行者も列車に乗って沿線の魅力を楽しむことで、その利用が鉄道の収益を支え、運行継続につながることを願っています。