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都会の学生が学んだ「賢く縮む」覚悟―岡山県美咲町の挑戦

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年4月27日更新

早稲田大学政治経済学術院教授 稲継 裕昭(第3358号 令和8年4月27日)

 2026年2月、早稲田大学政治経済学部3年のゼミ生17人を連れて、岡山県美咲町でゼミ合宿を行った。稲継ゼミでは、学生たちに地方自治の現場を直接見て学んでもらうために年に何度もフィールドワークに出かける。今回訪問した美咲町は、中山間地域が抱える人口減少や高齢化という課題に対し、独自の哲学で立ち向かっている自治体だ。都会育ちの学生たち(17人のうち12人は自宅生)にとって、この訪問は、人口減少の最前線で何が起きているのかを肌で感じる貴重な経験となった。

 学生たちに最も大きな衝撃を与えたのは、青野高陽町長から直接伺った「賢く収縮する(スマートシュリンク)」というコンセプトである。美咲町の人口は、2005年の合併当初は約1万6、500人だったが、今では1万3,000人を割り込み、将来さらなる減少が避けられない状況だ。町長は「昭和から平成は『次は何を建てようか』という時代だった。今は『何を潰そうか』という時代だ」と言い切る。広げた風呂敷をいかに畳み、人口減少に見合った適正なサイズにまちを作り変えていくか。現実を直視し、あえて「縮むこと」を宣言するトップの覚悟。東京や横浜とは異なる地域の現状を見て、そして、トップの覚悟を聞いて、学生たちは新たな視角を与えられた。

 この「賢く収縮する」戦略は、ハードとソフトの両面で徹底されている。ハード面では、老朽化した公共施設を大胆に統廃合し、ダウンサイジングを図る。その象徴が、新しい役場本庁舎に公民館、図書館、保健センター、物産センターなどの機能を集約した多世代交流拠点施設「みさキラリ」である。新庁舎は、将来の人口や職員の減少を見据えて執務スペースを3割以上縮小した。道路沿いのホームセンターかと見間違うようなその庁舎は、「物置庁舎」とも呼ばれる。建築費を徹底して抑え、いずれ訪れる解体時のコストまで計算して設計されており、まさに「賢く収縮する」覚悟を体現している。また、小中学校を統合し、施設一体型の義務教育学校である「旭学園」や「柵原学園」を開校した。単に施設を減らすのではなく、必要な機能は一カ所に集約し、より充実させるという「賢い」選択である。

 一方で、行政が縮小すれば、当然サービスが低下するという懸念が生じる。そこで町がソフト面で推進しているのが、「小規模多機能自治」だ。行政に頼るばかりではなく、「自分たちでできることは自分たちで」と、住民自らが地域の課題解決に立ち上がっている。例えば、高齢化率が50%を超える倭文西(しとりにし)地区では、毎朝各家庭の玄関先に黄色い旗を掲げ、夕方にしまうという「黄旗運動」による独自の安否確認システムを運用している。行政に依存しきるのではなく、自分たちで地域の暮らしを守る仕組みを作り上げている。

 「地域が元気なのは、人口が多いからではなく、人の交わりの密度、すなわち『人交密度』が高いからだ」と町長は語る。みさキラリの利用者は、集約後、公民館は7倍、図書館は4倍に増え、物産センターの売り上げも年3割伸びた。「縮む」ことは決して「諦め」ではない。人口が減る現実を受け入れながらも、人と人とのつながりを再構築し、豊かさを生み出す美咲町の「賑やかな過疎」の姿。それは、これからさまざまな分野で働くことになる学生たちにとって、持続可能な地域社会のあり方を根底から考え直す大きな機会となった。​