一般社団法人 持続可能な地域社会総合研究所 所長 藤山 浩(第3350号 令和8年2月23日)
仕事柄、全国各地で自治体の首長さんとお話しする機会が数多くあります。大半の首長さんは、本当に真摯に自治行政に携わっておられ、夜間や休日も含め時間を惜しまず住民のために奔走されている姿に頭が下がります。
一方で、最近、国内外の政治で懸念していることは、トップに立つ人物による強権的なふるまいが目立つことです。最近では、大国の首脳においても、傍若無人に国際的な協調を無視し、反対を許さない個人崇拝の度合いを強めている事例も見られます。日本国内においても、少し前には考えられなかった首長による居直りやパワーハラスメントが批判されています。
こうしたトップによる専横の背景としては、話し合いによる調整を重んじる従来の政治手法ではなく、トップダウンによる即決志向を重んじる傾向があるのではないでしょうか。私は、一国の政治だけでなく、地方自治体においても、行き過ぎたトップダウン神話は、弊害が大きいと考えています。
第一の問題点は、選挙で選ばれたトップが、自分の支持者だけを向いた権力行使をしがちなことです。一旦公職に就いたからには、住民すべてに奉仕する公僕ですから、反対票を投じた人々も含めてバランスのとれた政策展開が当然です。
第二の問題点は、トップが自らの過ちを認めないことです。過ちを改めないことは、独裁者の末路が証明しているように、さらに悲惨な過ちへとつながります。民主主義の健全さは、内部通報やマスコミ報道も含めて、権力者の過ちへのチェック能力にかかっているとも言えましょう。
第三の問題点は、トップが一般の職員に対して「殿様」のようにふるまう場合です。トップは、あくまで行政機関というチームの「監督」であり、職員や住民の力を引き出す役割を与えられているだけです。
わが国には、まだ「上の者」に甘い政治風土も残っています。誤ったトップダウン神話に、住民も行政職員もトップ自身も騙されないようにしたいものです。