東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3348号 令和8年2月9日)
かつてブルーカラーの仕事は、中学卒業者や高校卒業者の主たる就職先と位置づけられてきた。大学卒業という学歴は、大企業における事務職や管理部門への就職と結びつき、安定的な収入や社会的地位を獲得するための前提条件とみなされていたところがある。しかし今日では、この対応関係は大きく揺らいでいる。スーパーマーケットの商品陳列やガソリンスタンドでの給油業務など、昔は学歴を問わないと考えられてきた職種においても、大卒者が従事することは一般的である。
そのブルーカラーの職場が、最近のAIの進化により、さらに大きく変わろうとしている。2025年11月2日の日本経済新聞は米国における「ブルーカラービリオネア」について報じた。「AIに代替できない技能を習得し経験を積んだ」配管工や空調整備技師、電気技工士などが、弁護士や医師より稼ぐというのである。
さまざまな事務仕事がAIに取って代わられる一方、身体技能を要する専門的な仕事の価値は高まっている。
定型的な事務処理や法令解釈など、一定のルールに基づく作業について、AIはすでに技術力や処理速度の面で人間を上回っている。自治体でも議会答弁の原稿や、住民相談の報告書などAIを活用して作成するところも出てきた。
AIの普及により、人間に残される仕事とは何か。それは、五感や身体運動を通じて培われた知覚や感覚に基づき、アイディアを出し、判断しながら作業することではないか。こうした活動は「創造性」の源泉でもあり、人間らしく生き、心地よく暮らすために欠かせない知恵や技でもある。
配管工や電気工、建設技能者に留まらず、農林業や漁業の分野でも、身体感覚を総動員して現場で向き合う仕事は、AIが代替しにくい領域であるが、いまやこうした仕事を支える人材は慢性的に不足している。大工の不足が震災復興を遅らせているとの指摘もある。地域の存続にむけて、暮らしを支えるさまざまな技能を体系的に学ぶ機会の創出と人材確保が必要だろう。
自然と向き合い、土地の条件を読み取り、経験を積み重ねて技を磨く。暮らしに根差したブルーカラーの仕事は人間の創造性と身体性が凝縮されたエッセンシャルワークともいえる。生産、加工、販売、飲食や宿泊などのサービス業に至るまで、現場での創造性が広がる仕事に関心を持つ若い世代も増えてきた。地域の資源を生かしながら、創造性を体感・経験できる担い手育成の環境づくりが、町村の地域政策に求められていくだろう。