早稲田大学政治経済学術院教授 稲継 裕昭(第3346号 令和8年1月19日)
令和7年6月に公表された「持続可能な地方行財政のあり方に関する研究会」報告書⑴は、自治体が直面する厳しい現実を浮き彫りにした。生産年齢人口の急減に伴う自治体職員不足、特に技術職や専門職の不足は深刻だ。報告書は、市町村が単独でフルセットの行政サービスを維持することの限界を示唆し、事務の抜本的な見直しや広域連携、さらには都道府県による補完の必要性を説いている。理論的な解決策は示されたが、現場の苦悩はより切実だ。
この報告書が描く危機的な未来図を、既に「日常」として逞しく乗り越えようとしている村を訪問した。山梨県北東部、東京都との県境に位置する丹波山村である。人口500人弱、村域の97%を山林が占めるこの村は、東京都の水源涵養林を守る重要な使命を担っている。村内に信号機は一つしかなく、鉄道駅もコンビニもないが、ここには行政の原点とも言うべき光景がある。
同村の広報誌には⑵、丹波山村行政組織図が掲載されている。自治体の組織図と言えば、部課名や係名が並ぶのが通例だが、同村では、全職員(常勤は保育士等を含めて24人)の氏名とその担当業務が掲載されており、1人の職員が担う業務の幅広さに驚かされる。ある職員の氏名の横には、「戸籍、住民基本台帳、マイナンバー、児童福祉、国民年金、新型コロナ対策、行政相談」と書かれている。そしていずれも彼1人で担当している。「究極の多能工」だ。これを「専門性の欠如」と切り捨てることはたやすい。しかし、そうしなければフルセット型の自治事務は回らない。
報告書では、小規模団体の事務処理体制の確保が課題とされているが、丹波山村の職員は、強制された「多能工化」の中で、自分の仕事が住民の生活にどう直結するかを肌感覚で理解している。これは、業務が細分化され、住民の顔が見えにくくなった大規模自治体が失ってしまった強みだ。
もちろん、彼らの献身に甘え続けることはできない。報告書にあるように、道路や水道といったインフラの維持管理や、高度な専門知識を要する業務については、県や国が積極的に支援し、あるいは肩代わりする仕組みが不可欠だ。広域的な支え合いの中で、村独自の魅力ある施策(ソフト事業)に職員が注力できる環境を作ること。それが、報告書がめざす「持続可能な地方行財政」の解の一つではないだろうか。
丹波山村の組織図は、過酷な現状を示す資料であると同時に、行政における「人」の可能性と、それを支える制度の必要性を無言のうちに訴えかけている。
⑴ https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/jizokukanonachihozaisei/
⑵『広報丹波山』令和7年5月号11頁
https://www.vill.tabayama.yamanashi.jp/kouho/images/kohotaba187.pdf