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『かがり火』は消えず

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年8月7日

ジャーナリスト 松本 克夫(第3249号 令和5年8月7日)

菅原歓一という奇特なジャーナリストが創刊し、発行人を務めていた地域づくり情報誌『かがり火』が昨年、34年間の歴史に幕を閉じた。主要メンバーが高齢化し、隔月刊の定期的発行が難しくなったからである。

『かがり火』は原則として有名人を載せないユニークな雑誌だった。菅原さんはその理由についてこう書いている。「なぜ無名人を主人公にしているかといえば、いまの社会はあまりにも有名人が威張っているからです」「世の中には売れる売れないにかかわらず、黙々と自分の役割を果たしている人がいます」「このような人たちによって社会は支えられているのではないでしょうか」と。

菅原さんは、その言葉通り、和歌山県から五島列島の新上五島町に移住した「歌野敬氏のすてきな自給生活」や、長野県天龍村の「神々と共に隠れ里に暮らす夫婦の物語」、熊本県芦北町の「一人の社員の雇用を守るために農業に進出した土木会社の社長」などの心温まる無名人の記事を書き続けてきた。

しかし、醜聞を含めとかく有名人に目が向きがちな時代に無名人しか扱わない雑誌がそう売れるはずもない。09年には経営難から一旦休刊せざるを得なくなった。窮地を救ったのは菅原さんの志に共鳴する読者や支局長たちである。東京で集会を開き、応援するから復刊せよと迫ったのである。その後押しで、半年後には復刊した。支局長というのは、各地の情報の提供者で、先に『かがり火』の記事に登場した人が多い。250名を超えており、中には現役やOBの町村長もいる。

雑誌がなくなれば、支局長もお役御免のはずだが、そのネットワークはなお健在である。オンラインによる勉強会もあれば、各地の支局長を訪ねるツアーの企画もある。一部の支局長有志が音頭を取って毎年開催する全国まちづくり交流会も続いている。昨年6月は高知県馬路村、今年6月は鹿児島県与論町(与論島)で開催された。『かがり火』がつないだ仲間が顔を合わせ、交歓する場である。いわば地域を支える無名人たちの祭りである。