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農山村本来の価値を育む-かつらぎ町天野の里-

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年8月26日

早稲田大学名誉教授 宮口 侗廸 (第3091号 令和元年8月26日)

6月下旬、和歌山県のかつらぎ町天野地区を訪ねる機会があった。和歌山市から30キロほど遡った紀の川中流から、南の山あいに入った場所にある。この地区には、1700年以上前の創建と伝えられる丹生都比売神社があり、神仏融合の景観として高野山と共に世界遺産に登録されている。

和歌山県の中山間地は地形が複雑なこともあり、かつては小さな小学校が数多く存在した。いま約100世帯のこの天野地区も過疎化の進行した旧小学校区であるが、ここで平成18年に「天野の里づくりの会」が活動を開始し、いまや驚くことに世帯の約3割が外からの移住者である。14歳以下の人口は増加に転じた。伺うと、多くはこの地区の風景の魅力に惹かれての移住だという。この地区には、なだらかな山々と水田の織りなす穏やかな農村風景がそのまま残されており、里づくりの会は当初から、農村景観を活用したむらづくりを活動の中心に据えてきた。これはわが国の農村の本来の価値を認識し、さらに育もうとする、すばらしい姿勢だと思う。平成21年には「にほんの里100選」にも選定された。

会は大阪での田舎ぐらしフェアに4年間参加してリアリティのある田舎ぐらし7ヶ条を配布し、空家の確保等で、移住希望者に寄り添ってきた。また県の「企業のふるさと」事業で伊藤忠商事との交流に調印、会員総出で田植えと稲刈りの世話を続けているが、この縁からクボタやヤンマーの機械の提供でソバ畑を広げることができ、ソバ打ち体験のイベントも行うようになった。正会員は移住者の加入で70名を超え、過疎の交付金で竹パウダーの機械を購入し、米ぬかと混ぜたぬか床の販売も始めるなど、新しい挑戦も始まった。

わずか100世帯の地区に、農産物直売と軽食の「ようよって」、移住者によるソバ屋や孫ターンの古民家のカフェなどがあり、旧小学校舎は簡易宿泊施設として大学との交流に活用されている。農家民宿も9戸あり、ここには5年前から冬に20数名のアメリカの学生が1泊する。これらの活動の関係者はすべて里づくりの会の会員である。行政からの委託の参詣道の管理や風倒木の処理も、会員の作業割振りによってなされ、会の重要な収入源になっている。

さらに未就学児の母の「なかよし会」、小中学生の親の「天野子ども育成会」など、地区の人たちが重層的に結ばれていることがすばらしく、移住者の安心感は大きい。しかも会話の印象は極めて明るく、筆者はここに農山村のコミュニティとしての未来の価値を感じ取った。天野米の評価が高く、高値で取引されていることも心強い。

つい最近、里づくりの会の活動が、今年度の過疎地域自立活性化優良事例として総務大臣賞を受賞することが公表された。心からお祝いを申し上げ、この農山村本来の地域社会としての価値を、ぜひ次世代につなげていってもらいたいものである。