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伝統農法に込めた願い

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年1月9日

民俗研究家 結城 登美雄(第2985号・平成29年1月9日)

年の瀬も押し詰った先月末、宮崎県高千穂町の若者たちと、かつてこの地の農業の中心を占めていた麻栽培とその活用法について、3日間に渡って議論する機会を得た。周知の通り高千穂町は2015年12月に椎葉村など近隣町村とともに「世界農業遺産」に認定された。在来種栽培や焼畑などの農法、500㎞に及ぶ山腹水路網の整備、棚田景観の保全などが評価の理由だが、若者たちは「世界農業遺産」認定を単なる勲章として終わらせず、これからの農業振興にどう活かすかが大切だとして、改めて高千穂の農業の歴史を実践的にとらえ直すための町民主体の「高千穂町伝統農法研究会」を立ち上げた。そしてその最初の取組として、最盛期には町内の8割(460ha)の農地に作付けされ、経済と伝統文化を支えた「大麻草栽培」を研究テーマに掲げ、多くの町民と学び合いの場を設けている。今回は私もわが東北の麻栽培と活用の現状をレポートすべく、福島県昭和村のからむし織、山形県大江町の青苧(あおそ)復活、岩手県雫石町の亀甲織、新潟県旧山北町のしな織などの事例を携えて、久し振りに高千穂に出かけた次第。

世は大麻草と聞けば即「麻薬」と反応する昨今、この試みはあやし気なり、といぶかる向きもあるだろうが、高千穂町にとって麻とは御幣などの素材として神事に欠かせぬものであり、夜神楽の衣装や神楽面の材料として重要だ。今、神事に使う麻は栃木県の10軒ほどの農家が栽培しているだけで、その多くが高齢化し、ゆく末が危ぶまれているという。

天孫降臨の地として多くの神話や伝承が息づく高千穂。その代表である「神楽」は農業を通じて生まれた支え合いの心とコミュニティの力があったからこそ今日まで続いているのではないか―と、研究会に参加した農家の長老たちが言っていた。若者が提案する麻栽培の復活には、ともすれば失われがちになる地域づくりで最も大切な、住民の絆の再生への願いが込められているのではないか。