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もう一度、海に生きる。

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年2月8日

民俗研究家  結城 登美雄(第2949号・平成28年2月8日)

東日本大震災から5年。私はこの間、3ヵ月に一度のペースで岩手・宮城・福島の沿岸集落を訪ね歩き、被災した人々がどのように復興への道を歩もうとしているのかを見続けてきた。3県の海岸線の距離は合わせて1,700㎞ の長さ。 ここに5~6㎞ ごとに263の漁港があり、そこを拠点に海仕事をする438の漁業集落がある。その暮らしの場や多くの命が大津波によって奪われ、住居はもとより漁船、漁具などすべてが破壊された。 人々は当初、「もう二度とここには住みたくない」と海に背を向け拒絶していたが、訪ねるたびに少しずつ変化していった。「海という自然は地獄の苦しみも与えるが、豊かな恵みももたらしてくれる。もう一度、 ここで生きよう」。そんな決意を秘めた顔に最近になってたくさん出会えるようになってきた。それが被災地5年の歳月ではなかったか。復興とは巨大防潮堤や土盛かさ上げ、 高台移転地造成などの土木インフラ整備だけではあるまい。悩み苦しみながらも前に進もうとする人々に寄り添い支援することが大切なのではあるまいか。

私にとって漁業者とは農業者と同様、大切な命の食糧を支えてくれる人々、との思いが強い。しかし食はままならぬ、そして時に危険な自然に働きかけなければ手に入らない。どんなに豊かな海があろうと、 そこに向けて船を出し、網を入れて引き上げる漁師がいなければ、私たちの食卓に魚はない。それだけではなく、海を相手のリスクの高い仕事の現場は、高齢化、燃油高、魚価安、後継者不足など様々な課題も多い。 それは被災地の漁業だけではなく全国17万漁民が抱える課題とも共通する。被災地漁業の復興は日本漁業の再生のみならず、全国6,000余の漁業集落再生の課題ともつながっている。 都市と農村の共生が言われる昨今だが、国民食糧を根底で支える漁業地域と都市の共生、さらには漁業地域間の連携も積極的に推進していく必要があるのではなかろうか。