エッセイスト・画家 玉村 豊男 (第2471号・平成16年3月1日)
私がいま住んでいる長野県の東部町はこの4月に隣の北御牧村と合併して東御市となるが、合併が論議にのぼる前から町では団体役員と有識者からなる「景観を考える会」が町長の諮問を受けて公共サインボードの見直しを検討してきた。縦割り行政の産物でもある統一感のない看板を系統的に整理し、観光客にもわかりやすい、美しいデザインのものに変えようというプロジェクトだ。そのために先進地への視察を繰り返し、専門家の指導を仰いで勉強を重ね、方針と意匠をまとめたところで合併の問題が現実化したのである。
結局、計画の実施を延期して合併を待ち、これを機会に新市の公共看板を一新することになった。看板の架け替えは、想像以上に多額の経費を必要とする事業である。だから町が単独でやるより合併債を利用して広域で実施するほうが効果的だし、対象となる地域が広がるためデザインの細部を変更する必要が生じるとはいえ、合併にともなう意識改革のためにもこうした目に見える施策は役立つかもしれない。
このプロジェクトのために既存のサインボードを点検してわかったことは、いかに日本の町や村の案内看板が外来者の訪問を想定していないか、ということだった。公共の建物への方向指示はまだしも、史跡の案内などはその近くへ行かなければ出ていない。町の入口からその場所の近くまで行く道順は、その町を知っている人間でなくてはわからないのだ。特別な観光地は別として、ふつうの町村ではたいがいそうなのではないだろうか。
どんなに小さな町や村でも、これからは外来の客が来訪することを前提にして案内看板をつくる必要がある。外来の客というのは、外国人観光客も含めて、である。実際にどのくらいの来客があるかはともかく、その意識が自分たちの地域をあらためて客観的な目で見直す契機にもなり、ひいては観光立国日本のスタートにも繋がっていくに違いない。