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ありせば・なかりせば

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年8月21日

福島大学教授 生源寺 眞一(第3010号・平成29年8月21日)

前後を比べただけではダメ。「ありせば」「なかりせば」を比較しなければならない。経済政策論を学び始めたころ、いささか古風な言い回しとともに教わったことをよく覚えている。プロジェクトの経済評価の原則のひとつで、その事業の前後の比較だけでは効果を見誤るかもしれないというのである。

農地を改良する事業が行われ、その農地から得られる作物の所得が事業前に比べて30だけ増えたとしよう。この結果から、30をもって事業の効果であると考えたくなるのだが、事業が行われなかった農地についても、同じ面積の所得が20増えているということがありうる。例えば、収量の高い品種が普及したことで、事業のありなしに関わらず、20の所得増が実現するようなケースである。

事業自体の効果は、事業実施の農地の所得増30と未実施農地の所得増20の差の10なのである。「ありせば」「なかりせば」の比較によって、真の効果が把握できたわけである。30の所得増では効果を過大に評価していたことになる。現実には「なかりせば」に対応するデータの把握がむずかしいことも多いが、事業評価の原則をわきまえておくことは大切だ。この留意点は、土木工事を伴うタイプの事業だけでなく、ソフト・ハードのさまざまな政策の評価にも当てはまる。

前後を比べて変化が生じていない場合にも、事業の効果が明瞭に発揮されていることがある。事業がなかったケースではマイナス30の影響が生じているのに対して、事業のおかげで何ごともなく、つまり影響がゼロの状態で今日一日を迎えているならば、事業の効果はゼロからマイナス30を差し引いたプラス30というわけである。こんな単純な数値例にもリアリティが増している。近年の自然災害の頻発が、変化のない効果を認識することにつながっている。何ごともなく毎日を過ごせることが、防災・減災のさまざまな取組の大きな成果なのである。