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森の中の小径が地域を変えた

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年10月6日

農村工学研究所研究員 坂本 誠 (第2655号・平成20年10月6日)

「こんな道路の便が悪いところへ…」と、区長さんに迎えられ、初めて高知県梼原町の松原地区に入ったのは数年前のことだった。

区長さんのおっしゃるとおり、松原は県内でも特に道路事情が悪い地区である。役場から直線距離で9㎞のところを、梼原川の蛇行に忠実に沿い、車1台がやっと通れる程度の狭路を25㎞、時間にして40分走らねばならない。かつて1,000人を超えた人口は300人余に減り、高齢化率は50%を上回っている。

そんな松原地区に、昨年新たな“道”が通じた。といっても地区が長年要望してきた車道の整備改良が実現したわけではない。地区内にある小径が「森林セラピーロード」の認定を受けたのである。森の中に続くなだらかな小径は、人1人がやっと歩ける程の幅しかない。しかし、この小径が、地域を大きく変えつつある。

まず、認定をきっかけに小径の価値に気づいた地区住民が、都市部から来訪した友人を案内するようになった。案内を受けた友人がその友人を連れてくるといった案配で、徐々にではあるが、訪問客は着実に増えている。訪問客をもてなすために、地区の有志によるガイド隊も編成された。

また、セラピーの場としての医学的な活用に向けた取り組みも進んでいる。約10年前に地区にIターンした診療所の医師をコーディネーターとして、住民有志による勉強会が定期的に開かれている。8月には県外から心理療法の専門家らを招き、1泊2日でワークショップを開催した。10月には大手メーカーの産業医による視察も予定されている。

注目したいのは、こうした取り組みが、行政が旗を振るのではなく、常に住民主導で進んでいることである。訪問客の増加は住民発の口コミによるものだし、医学的活用についても、地区住民の友人を介して、草の根的に支援の輪が広がりつつある。このように、小径の活用を通じて、松原地区に自律的な地域経営が育とうとしている。

最近、こうした活動を陰で支え続けてきた区長さんの言葉が変わった。「自然と人情豊かな松原へようこそ―」。

車道の整備改良はまだ先の話になりそうだが、その前に、地区は誇らしい“道”を手に入れた。