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「弱い絆」の効用

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年2月13日

東京大学名誉教授  大森 彌(第2990号・平成29年2月13日)

2011年の東日本大震災への対応を通じて地域の人びとの「絆」の大切さが改めて認識されると同時に、地域外の支援者と被災地の人びとの出会いが新たな絆となって復興の応援が続いている。

絆とは、もともとは馬などの動物をつないでおく綱のことで、自由を縛るという意味合いもある。これが人間世界に転用され、人と人との断つことのできないつながり、離れ難い結びつきを意味するようになった。

絆と言えば、米国のマーク・S・グラノヴェッターという社会学の教授が1973年5月の学会誌に発表した論文「弱い紐の強み」が想起される。これは共同体の中での情報の伝播に関する研究で、家族や親友、職場の仲間といった社会的に強いつながりを持つ人びとよりも、友達の友達やちょっとした知り合いなど、社会的なつながりが弱い人びとのほうが、自分にとって新しく価値の高い情報をもたらしてくれる可能性が高いという説である。

社会的に強い紐を持つグループは関係が緊密であるがゆえに外部と遮断されがちで、新規の情報が入ってきにくい。そうした状況にある時、むしろ弱いつながりが新しいアイデアや重要な情報をもたらしてくれるというのである。

いま、全国の町村長さんは、田園回帰の動きを新たな地域づくりにつなげようとさまざまな努力をしているが、その際、この「弱い絆」の効用も考えてみてはどうであろうか。地域社会で強い絆とは、何かにつけて相談し助け合うような全面的な人間関係のことだとすると、この強い絆は困ったときに頼りになるが、何かのきっかけで関係がこじれると、ねちねちした状態に陥りやすい。人びとが強い絆で結ばれている地区は、その絆が、かえって「しがらみ」となって変化への適応力を発揮しにくくさせているかもしれない。

筆者は、かねがね、ある人と友人・知人になるということは、その人の「知人システム」(「友達の友達はみな友達だ、世界に広げよう友達の輪」)に入るチャンスが生まれ、このシステムを通じて得られる掛け値のない情報が非常に役に立つことがあると言ってきた。

創生事業では、地域内外の人材の確保・養成ということを言っているが、弱い絆で結ばれている外の人材が地域活性化のヒントの源泉になることは稀ではない。町村長の豊かな「知人システム」が地域に思いもよらぬ変化をもたらすかもしれない。絆は強弱ともにあったほうがいい。