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「人材」と「人財」

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年10月31日

東京大学名誉教授  大森 彌(第2979号・平成28年10月31日)

いままで国語の辞書に載っていなかった漢字が時代の要請で加わることがしばしばある。例えば、今当たり前のように使われている地方創生の「創生」は、 1988年から1989年にかけて行われた「ふるさと創生1億円事業」(正式には「自ら考え自ら行う地域づくり事業」)で使われていた。この事業は短命に終わって、「創生」は表舞台から消えたが、それが蘇った。

今はどこの自治体でも当たり前のように使っている「協働」も辞書には載っていなかった。キョウドウといえば、「共同」か「協同」であった。それが「協働のまちづくり」というように常套語になっている。 上司と部下のような縦の関係ではなく、対等者間の横の関係によって事を成していくことを重視しようという時代の動きを反映しているといえる。

ところが、辞書には載っている漢字で適切でないと思われるにもかかわらず、変更されずに、 あるいは新たに加えられることがない漢字もある。「人材」である。「まち・ひと・しごと創生法」でも、「地域社会を担う個性豊かな多様な人材の確保」というように「人材」を使っている。 自治体職員の「人材育成基本方針」でも、大体は「人材」である。広辞苑(第6版)でジンザイを引くと「人材」しかなく、「才知ある人物。役に立つ人物。人才。」とあり、「人才」は「人材に同じ。」とある。 ちなみに、創生を引くと「新たに作り出すこと。」とあり、別に新味はない。

「人材」の「材」は、鉄材・木材・食材というように材料の材(マテリアル)である。材料とは目的に応じて加工可能な物をいう。しかし、人は材料ではない。人は、感情をもち、思考し、 経験と学習と訓練によって成長する生き物である。当然のように「人材」を使う人も自分が「材料」だとは思っていないはずである。地域で活動している人びとは、 自治体の関係者も住民も地域にとってはかけがえのない財産である。だから、「人材」ではなく、財産の「財」、財宝の「財」の字を当てて、「人財」と書きたい。自治体と地域の現場で「人財」をはやらし、 国語の辞書への正式登載を実現したい。