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二人の元首相と脱成長

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年10月21日

コモンズ代表・ジャーナリスト 大江 正章 (第2857号・平成25年10月21日)

「セルジュ・ラトゥーシュの『脱成長は、世界を変えられるか?』を読み始めた。人間の欲望が人間を破滅に導くという命題。脱原発と脱成長について考えてみたい」(菅直人ブログ、13年8月8日)

「セルジュ・ラトゥーシュは『幸せの鍵は脱成長にある』と言っています。経済の規模を徐々に縮小することで、消費を抑制して、本当に必要なものだけを消費することで、 真の幸せにつなげていくべきだと言うのですが、私も全く同感です」(細川護煕、『毎日新聞』13年9月19日)

かつて菅内閣は、2%を上回る実質経済成長率を目指す「新成長戦略」を打ち出した。細川内閣も、武村正義官房長官が「小さくともキラリと光る国」を提唱したものの、 政策として具体化されることはなかった。自民党幹事長経験者を含めて政治家は要職を退くと正論を吐く傾向があるが、2人が首相退任後のいま共通して「脱成長」に関心を寄せているのは、 非常に興味深い。ぼくはかねてから脱原発と脱成長は両輪であり、経済成長に偏重した社会から減速し、いのちを守る内発的復興に転換しなければならないと主張しているので、おおいに共感するところだ。

同様な考え方は最近、相次いでいる。ここでは2つの至言を紹介しておこう。

「経済にとらわれていることが私たちの苦しみの根源である。人は何を幸せとして生きる生き物なのか考え直す時期だ」(歴史家・渡辺京二)

「発展だけ考えていたら破綻してしまう。持続に目を向けることが重要」(精神家医・中井久夫)

ところが、現役の政治家は経済成長論者が多数である。実際には、経済成長だけでは人は幸せになれないし、生活の満足も満たされない。内閣府の「国民生活選好度調査」によれば、 日本人の生活満足度のピークは1984年である。